TOUGE DRIVE5


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20180617から走破した

これから走破済み、走破予定の峠道一覧です。

Part1とPart2とpart3,Part4,Part5,Part6に分けて掲載しています。

群馬県、千葉県、茨城県、埼玉県、栃木県、東京都、はPart1に記載しています。

山梨県、長野県、愛知県は峠道ドライブ一覧Part2に記載しています。

神奈川県、静岡県Part3に掲載しています。整理致しました。

Part4は福島県、新潟県、石川県、富山県、岐阜県、三重県、滋賀県を掲載しています。

Part5山形県,秋田県,岩手県,福井県 、和歌山県掲載しています。

Part6は宮城県,青森県,北海道掲載しています。

情報はwikipediaより情報抜粋しています。一部感想を記載しています。


山形県

月山花笠ライン(月山道路)動画なし 次回リベンジ

●月山道路(がっさんどうろ)は月山を中心とする山岳部を通過する区間山形県西村山郡西川町砂子関から、同県鶴岡市大網に至る、全長30.9kmの国道112号のバイパス道路である。愛称名は「月山花笠ライン」。このほか、旧道(大越・六十里越)と区別するため「月山新道」と称されることがあるほか、「月山道」と省略して呼称している報道機関(山形放送など)がある。月山IC付近(月山ICより約100m鶴岡市寄り) - 鶴岡市大網中台付近(66.7キロポスト)の十座沢橋まで自動車専用道路であり、月山入口交差点 - 月山IC付近と鶴岡市中台付十座沢橋 鶴岡市田麦俣字清水尻は一般道路である。ただし、一般道路の区間も歩道等が設置されておらず、自動車以外(原動機付自転車を含む125cc以下の二輪車、ミニカー、軽車両、歩行者)の利便には供されておらず、一般道路の区間も自動車専用道路区間と大差ない道路である。また、東北横断自動車道酒田線のうち、月山ICと湯殿山ICを結ぶ路線とされており、山形自動車道に並行する一般国道自動車専用道路に指定されている。ただし、本道路は高速道路ナンバリングの対象路線とはなっていない。山形を代表する景勝道路として、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された日本の道100選に選定されている。なお、当道路は通行料金徴収がない無料の道路で、高規格幹線道路(高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路)としては珍しく、青色の案内標識が使用されている。先述の通り、月山IC - 湯殿山ICは山形自動車道に並行する一般国道自動車専用道路に指定されているが、このうち月山IC付近と鶴岡市中台付近 - 湯殿山ICは一般道路であり、月山道路が山形自動車道の間に割り込むように接続している。このため、湯殿山IC以西の山形自動車道と日本海東北自動車道は、他の高速道路と連続して接していない状態が続いている。走ってみた感想は群馬県みどり市にある122に似ている。(wikipediaより情報抜粋)

●月山湖

月山湖は、山形県中央を流れる寒河江川につくられたみどり豊かな湖です。朝日連峰と月山麓の山間を流れる寒河江川は、大朝日岳(1870m)に源を発し、見附川、大井沢川、大桧原川等の支川をともない北上し、出羽三山の山塊から南下した大越川等とともに月山湖に流れ込見ます。(ダム湖百選より情報画像抜粋)

●鳥海ブルーライン

鳥海有料道路(ちょうかいゆうりょうどうろ)は、山形県飽海郡遊佐町から秋田県由利郡象潟町に至る一般県道のかつて存在した有料道路である。1970年(昭和45年)7月17日に開通、2001年(平成13年)に無料開放された。愛称は鳥海ブルーラインで、一般県道に認定されていた。無料開放されたのちも県道の路線名は変わらず、愛称もそのまま使用されている。遊佐町吹浦(ゆざまち ふくら)から鳥海山の5合目付近に位置する鉾立(ほこたて)を経由し、秋田県にかほ市象潟(きさかた)を結ぶ延長34.9キロメートルの山岳道路。うち、秋田県側の延長が16.8 km、山形県側が18.1 kmである。鳥海ブルーラインの名の通り、絶景の日本海の雄大な眺めがいい道路で知られる。ヘアピンカーブが多くスピードは出せないが、道路の路面状態は良くたいへん走りやすい。冬季閉鎖される区間があり、11月上旬から4月上旬までの間は閉鎖される。(wikipediaより情報抜粋)

●鳥海グリーンライン 次回リベンジ

秋田県仁賀保市にある峠道、ブルーラインと交差していますので合わせて回るのがベストです。画像がありません。もう一度リベンジです。

https://tripnote.jp/akita/place-chokai-green-line

鳥海グリーンライン一部通行止め区間あり

https://www.yurihonjo-kanko.jp/special/route/download/chokaigreenline1_3.pdf

●六十里越街道 大越(おおこし)

大越(おおこし)は山形県西川町と鶴岡市を結ぶ峠である。標高920m。本来六十里越街道(ろくじゅうりごえかいどう)は、出羽国の内陸部と庄内を結ぶ唯一の陸路として出羽国の成立とともに開削された。この街道は塩や物資の流通路としての役目だけではなく、出羽三山の信仰が羽黒山を中心に勃興すると三山詣の道・修験の道として変貌してきた。国道112号自体が、古来から「六十里越街道」と呼ばれているが、特に大越を越えるルートを月山道路と区別するために六十里越街道と称することがある。国道112号の旧道であり、かつては山形と鶴岡を結ぶ路線バスも走っていたが、1981年の月山道路全面開通以降、大型車は通行禁止となり冬季通行止である。(おおよそ12月~6月にゲートを閉めて通行止めとなる。それ以外の時期も工事等の状況により通行止めになる場合がある)国道112号月山道路が並行して走っており、ほとんどの車は月山道路を走り抜ける。しかし、月山道路には15.9kmの自動車専用道路区間が設けられているため、原付・自転車及び歩行者は月山道路の自動車専用道路区間を通行できない。このため、原付等が自動車専用道路区間を回避するにはこの旧道を通行しなければならない。国道112号月山沢から分岐し、九十九折の急坂を駆け上がると、運動公園やキャンプ場が整備された弓張平高原に出、さらに進むと志津温泉の小さな温泉街へと至る。ここまで2車線の道路で、ここから先が、田麦俣まで1.5車線の規制区間となる。志津温泉を出てしばらく進むと山形県道114号月山志津線の分岐があり、ここから山形県立自然博物園、月山夏スキー場へと向かう。ここから先は本格的な峠の山越えの様相となり、いくつもの沢を越え、時々眼下に月山道路を望み、やがて峠の頂上大越に至る。大越のほぼ直下を国道112号月山第一トンネルが通る。大越から先をしばらく進むと、湯殿山道路との交差点が突如出現し、ここを右折すると出羽三山の1つ、湯殿山神社がある。この先は急激に標高を下げながら下界へと向かい、擂鉢状の谷間にある「多層民家」で有名な寒村、田麦俣にて月山道路と再び合流する。大型車の通行こそないものの、月山道路にはない峠越えの雰囲気を求めて、普通車の通行がある。秋の紅葉の頃には、麓から大越にかけて劇的に葉の色が変わる光景が楽しめる。 (wikipediaより情報抜粋)

●栗子峠  

近くの板谷峠を奥羽本線(山形新幹線)などが経由している。(wikipediaより情報抜粋)

栗子峠(くりことうげ)は福島県福島市から山形県米沢市にかけてある峠で、国道13号・東北中央自動車道が経由している。

  • 位置:福島県福島市 - 山形県米沢市(栗子山南)
  • 経由道路:国道13号・東北中央自動車道
  • 標高:620m(現道)
  • 水系:栗子峠は中央分水界にあり、東は松川を経由する阿武隈川水系であり、西は羽黒川を経由する最上川水系である。
近くの板谷峠を奥羽本線(山形新幹線)などが経由している。(wikipediaより情報抜粋)

●板谷峠

板谷峠(いたやとうげ)とは、山形県南部の吾妻山北麓にある、奥羽山脈を越える山形県・福島県境近くの峠のことである。標高は755mで、米沢藩の参勤交代路としても使われていた。板谷峠は中央分水界にあり、東は松川を経由する阿武隈川水系であり、西は羽黒川を経由する最上川水系である。板谷峠自身は米沢市内の板谷集落(板谷駅付近)と大沢集落(大沢駅付近)を結ぶ。板谷峠という言い方は、その単独の峠だけでなく、福島市と米沢市を結ぶ奥羽山脈越えのルート全体を指すことがあり、特に鉄道の奥羽本線沿いのルートを、北方の栗子峠と区別して示すために用いられる。 板谷峠は板谷と米沢を結ぶ板谷街道の峠である。2010年(平成22年)2月現在の国土地理院の地形図では、板谷峠は山形県道232号板谷米沢停車場線から外れて峠駅へ向かう道路上にあるが、その道は米沢へ通じていない。上記の県道内に板谷峠があるという記述もある。いずれにせよ、明治時代に栗子峠を通る道が開鑿され(萬世大路)、さらに自動車用に改良されて以来、板谷峠は幹線道からはずれた道筋となった。(wikipediaより情報抜粋)


秋田県

寒風山パノラマライン  

日本百名道の道

寒風と絶景。数多の伝説... 空中散歩 空も山も海も朱く 湾曲に伸びる光の帯 ヤマユリの群生地としても密かな人気

日本でも有数の芝生で覆われた山寒風と絶景。数多の伝説...男鹿・南秋地区のどこからも見える寒風山は、360度の風景を楽しむことができ、頂上には回転展望台、周辺には姫ヶ岳、鬼の隠れ里など見どころもたくさん。
鬼、蛇・・・さまざまな伝説があります。寒風山は大半が芝生で覆われており、その姿を保つために定期的に芝刈りを行ってその姿を保全しています。空中散歩芝生山の寒風山はパラグライダーのメッカでもあります。風に乗ってゆっくりと空中散歩。パラグライダースクールもあり、誰でも気軽に空中散歩を楽しむことができます。
男鹿観光の思い出にパラグライダーを眺めて、体験してみるのはいかがでしょう。意外と簡単そうです。見る限りでは...空も山も海も朱く寒風山からご覧いただける、町並みや三山、広大な海が夕日に朱く染まる様にはきっとだれもが心を奪われ、ゆっくりと時間の経過を楽しめることと思います。湾曲に伸びる光の帯眼下に広がる夜景。筆者は秋田で一番だと思います。
天王町を超え秋田市街へと続く光の湾曲。八郎潟の奥に光る南秋地区の灯かり。恋人と二人でご覧下さい。ヤマユリの群生地としても密かな人気例年、7月中旬~下旬頃が見ごろで、これを見るために寒風山を訪れるファンも多いです。(男鹿なびより情報抜粋)

●妻恋峠  

寒風と絶景。数多の伝説... 空中散歩 空も山も海も朱く 湾曲に伸びる光の帯 ヤマユリの群生地としても密かな人気

秋田県男鹿市寒風山山頂直下にある峠(wikipediaより情報抜粋)

●なまはげライン  

今回動画収録をしていましたが、機材の熱対策が万全じゃなかった為、突然落ちてしまい動画が消えるという事態になりました。なまはげラインは寒風山パノラマラインの妻恋峠から近く、入道崎まで続く道路です。今回は車中泊するのでキャンプ車できました。3日間の東北ドライブで2000Kは走りました。千葉からねw

●あきたリゾートライン   

国道285号(こくどう285ごう)は、秋田県秋田市から秋田県鹿角市に至る一般国道。あきたリゾートラインの愛称がある。秋田県内で完結する一般国道で、潟上市・飯塚古開交差点から北秋田市・小森交差点までの区間は、秋田 - 青森間の最短ルートの一部を形成しているため、山間部を通る割には比較的交通量が多く、道路拡張、バイパス工事も各所で完了している。また、大館・鹿角方面から小森交差点までの区間は、交差点を直進する形で秋田県道324号大館能代空港東線が高架橋で連続しており、大館能代空港へのアクセス道路としても利用される。

●秋田峠

秋田峠(あきたとうげ)は、秋田県北秋田郡上小阿仁村と南秋田郡五城目町の境にある峠である。ここでは、歴史的にこの地区を通っていた峠道についても記述する。久保田藩によって天和元年(1681年)に編集された『領中大小道程帳』に記載されている現在の上小阿仁村の街道には、木戸石村から李台、芹沢、三里、三木田、鎌沢(ここまで現北秋田市)、小沢田村、沖田面(ここまで現上小阿仁村)とつなぐ街道があった。この街道と五十目(現五城目町)を結び、久保田城下町につなげるのが五十目街道であった。この街道は山越えを越える難所が多かったが、比較的早い時期から利用されていたのは、この街道が久保田と阿仁鉱山や大館城を繋ぐ最短ルートであるからだった。五十目街道は沖田面村からは東方に4里余りの折渡峠(国見峠)を通じて、最短距離で阿仁鉱山と繋がる吉田街道の起点となっていた。ただ、五十目街道の名は正式なものではなく通称であった。江戸時代、五十目(五城目)と上小阿仁を繋ぐルートは主に2つあった。「五十目 - 三内 - 黒土新田 - 湯ノ又 - 浅見内 - 黒森 - 小田瀬 - 黒土(大林)」とつながる黒森街道と、「五十目 - 中津又 - 笹森 - 笹森峠 - 中茂」とつながるルートである。黒森街道は元和3年(1617年)に梅津政景が『梅津政景日記』に記載したルートで、彼は「黒森通殊外切所、始罷通候」と記録している。浅見内からは滝ノ下沢をたどり現在の地形図にも記載がある不動滝を過ぎ、標高329mのピークの西250mにあるマドの切通しで三種町側に出て、そこから稜線付近を辿り黒森に至る。黒森とは現在上小阿仁村と三種町、五城目町の3町の境となっている標高330mの山で、当時のルートとしては最大の難所であった。この街道が山本郡上岩川村と秋田郡南沢村の境となっていたと言われている。黒森からは稜線をたどり小田瀬沢上流から小田瀬沢を下り小田瀬に至った。笹森峠を越した記録は、文政3年(1820年)の菅江真澄による『雪の山ごえ』がある。真澄が描いた絵図は現地の風景と一致し、中茂の絵図もある。笹森峠は現在の地形図にも記載されている道路である。自動車が通れるように補修された時は五城目の商人が米内沢まで出張して商売をする程であったが、冬には積雪によって崖崩れが多発し春には必ず補修を行わなければ通行不能な道路であった。現在も多数の崖崩れの場所があり、車両は通行不能である。1896年(明治29年)4月には、「五十目線路」として南秋田郡一日市村(現八郎潟町)から上小阿仁村を通り北秋田郡米内沢町(現北秋田市)に至る重要道路として県費支弁道に追加され、笹森峠を越す幅2間(約3.6m)の道路が整備された。この時点では馬車が通れる程度のものであったが、1953年(昭和28年)夏の大改修により自動車が通れるようになった。1963年(昭和38年)頃に秋田峠(割山峠)を通る道路が完成する(旧道)。1970年(昭和45年)には国道285号に昇格している。1981年(昭和56年)に旧秋田峠の下を貫通する秋田峠トンネル(361.5m)とこれに接続する三太郎沢橋(90m)が完成し、さらに1986年(昭和61年)に上小阿仁トンネルが完成したことにより、国道285号の難所はほぼ解消された。秋田峠と名付けられたのは1980年で、国道285号線の大改修にともない新時代にふさわしく歴史的に意義のある地名をということで、五城目町長と上小阿仁村長が名付けた。それ以前は山を切り開いて道を作ったため「割山峠」と呼ばれていた。秋田峠の改修により、国道285号線は山間部を通る割には交通量が多くなっている。

(wikipediaより情報抜粋)

●矢立峠

矢立峠(やたてとうげ)は、秋田県大館市と青森県平川市の県境にある峠である。標高は258m。羽後国(旧出羽国)と陸奥国(旧陸奥国(分国前))の国境の一部でもある。峠を国道7号が通っている。古来には矢立峠付近は道が通っていなかったが、弘前藩が1586年に山を切り開いて羽州街道を弘前藩まで延伸して峠道が開通した。この峠道は街道の中でも有数の難所の1つであった。弘前藩は街道の延伸と同時に現在の国道7号と国道282号の交点付近にある碇ヶ関御関所の番所を設置したが東海道沿いに設置された関所以上に厳しかったとも言われている。なお、当時の矢立峠は現在の国道7号よりも西に約200 m入った山中を通っており、勾配がきつく険しい道だったため、明治時代に入ると200 mさらに西に明治新道と呼ばれる新道が作られ、それまでの街道を古羽州街道というようになった。国道7号の秋田県側矢立峠付近は急カーブが連続する線形不良のため、事故率が秋田県内のほかの区間と比べ平均3倍もある。そこで、線形を改良するため改良工事に着手し、2006年12月下旬に峠越えの区間において視距改良工事(バイパス)が完成して供用を開始し、続いて陣場視距改良工事が行われて、緩やかなカーブが続く区間となっている。 (wikipediaより情報抜粋)夜に到着した為動画が見えずらい為公開中止しました。次回再チャレンジ致します。

●八幡平アスピーテライン

岩手県道・秋田県道23号大更八幡平線(いわてけんどう・あきたけんどう23ごう おおぶけはちまんたいせん)は、岩手県八幡平市から秋田県鹿角市に至る県道(主要地方道)である。十和田八幡平国立公園を岩手県側から秋田県側に、東から西へ横断する。県境は標高約1,600メートル (m) の八幡平頂上付近を通り、冬期は11月から4月までの長期にわたって通行止めとなり、通行止め期間の前後は夜間通行止めの措置がとられる。また、八幡平の両県側の麓の当県道沿線に国立公園のビジターセンターが設置されている。八幡平市緑ガ丘から国道341号交点にかけては、八幡平アスピーテラインの愛称で呼ばれ、絶景道路として有名である。かつては有料道路であったが、1992年(平成4年)4月1日に無料開放された。 観光の目玉は八幡平ドラゴンアイでしょうね(wikipediaより情報抜粋)

八幡平樹海ライン 

八幡平樹海ラインの区間は見返峠駐車場→八幡平山頂レストハウスまでですがそのまま行くと岩手山パノラマラインへと続く道路となっています。218号線までが樹海ラインです。そのまま行くと212号線が岩手山パノラマラインです。あわせて走破するのがベストです。わたしは今回樹海ライン松川温泉まで行き引き返してアスピーテラインを走破しました。家族がいるとなかなか走るのが難しいですね。ただ道路を走るだけじゃ家族が満足しませんからね。この後温泉に行き、家族のご機嫌をとりましたw(wikipediaより情報抜粋)

●見返峠

●見返峠
見返峠 (岩手県・秋田県) - 岩手県八幡平市と秋田県仙北市の境にある峠。岩手県道・秋田県道23号大更八幡平線が経由している。(wikipediaより情報抜粋)


岩手県

●岩手山パノラマライン  次回リベンジ 

(別ルートの岩手山を収録。岩手山綱張温泉にある登山道口までは収録しました。)

岩手山焼走り国際交流村と八幡平温泉郷を結ぶルートの市道岩手山1号線(愛称「岩手山パノラマライン」)です。雄大な岩手山を望みながらドライブがいいですね。市道岩手山1号線、岩手山パノラマラインから八幡平樹海ラインに行くことができる為、便利な峠道である。また行きたいと思います。東北最高です!ここも機材の熱暴走で動画が消えてしまいましたまた収録に往きたいと思います。

●岩手山

岩手山(いわてさん)は日本の東北地方、奥羽山脈北部にあり二つの外輪山からなる標高2,038mの成層火山。岩手県の最高峰であり、県のシンボルの一つとされている。日本百名山に選定されている。岩手県八幡平市、滝沢市、雫石町にまたがる。西に姥倉山、大松倉山が続くものの、奥羽山脈の主稜からは離れており、独立峰に近い。東の盛岡側から見る姿は富士山のように長い裾野を引く整った形で、「表岩手」と呼ばれる。南の雫石町や北の八幡平市松尾方面から見ると、外輪山の連なりが凹凸をなし、「裏岩手」と呼ばれる。山域は、1956年(昭和31年)に十和田八幡平国立公園に指定された。山頂には一等三角点『岩手山』(重点整備点)が設置されている。別名に巌鷲山(がんじゅさん)があるが、本来「いわわしやま」と呼ばれていたものが「岩手」の音読み「がんしゅ」と似ていることから、転訛したものだとも言われる。春、表岩手山には雪解けの形が飛来する鷲の形に見えるため、これが山名の由来になったとも伝えられる。静岡県側から見た富士山に似ており、その片側が削げているように見えることから「南部片富士」とも呼ばれる。古名に「霧山岳」「大勝寺山」。俗称に「お山」。「子富士」とペアで「親富士」と表現することもある(原敬句碑より)。古来から信仰の山で、山頂外輪を取り囲むように石仏、山麓の滝沢村・盛岡市に岩手山神社が祭られる。前九年の役以後、巌鷲山大権現大宮司として伊豆国出身の「栗谷川(厨川、工藤)家」が代々祭事を務めることとされていたが、後に祭祀権をめぐり攻防があった。 (wikipediaより情報抜粋)

元小岩井有料道路(此処も有名な観光道路)

岩手県道219号網張温泉線(いわてけんどう219ごう あみはりおんせんせん)は、岩手県岩手郡雫石町と滝沢市を通る一般県道である。

岩手県の観光名所の一つである小岩井農場を通って網張温泉へと至る当線はかつて「小岩井有料道路」であったため、高規格で建設されている。

小岩井農場で開催されるいわて雪まつりなどの観光シーズンには渋滞が激しくなり、その延長は当線の起点よりも手前である繋十文字(国道46号との交点)まで達する場合もある。

路線データ

起点:岩手郡雫石町丸谷地(岩手県道131号小岩井停車場線交点)

終点:岩手郡雫石町長山(岩手県道212号雫石東八幡平線交点)

(wikipediaより情報抜粋)岩手山パノラマラインを走行しようとしたのですが道を間違えて小岩井牧場から綱張登山口まで行ってしまったニアミスです。

●仙人峠 

仙人峠(せんにんとうげ)は、岩手県遠野市と釜石市の境界の北上山地中にある標高887 メートルの峠である。北上川支流の猿ヶ石川の支流早瀬川と、甲子川の分水界となっている。藩政時代、釜石街道が通り、遠野側から海岸部に通じる峠には、北の界木峠(729m)、笛吹峠(862m)と当峠であるが、当峠は最も険しく九十九曲の急坂と称されて、内陸と海岸を結ぶ最短ルートであったが、笛吹峠道が使われることが多かった。長らく自動車の通行は不可能であったが、1959年(昭和34年)に全長2,500 メートル、幅5.1 メートルの仙人トンネルが開通し、国道283号が峠の下を通るようになった。この道路もループ線を含む険しいルートであった。2007年(平成19年)3月18日に秋丸トンネル(1,130 メートル)、滝観洞トンネル(2,996 メートル)、新仙人トンネル(4,492 メートル)、枯末沢橋(310 メートル)、甲子トンネル(488 メートル)、洞泉橋(405 メートル)などを含む仙人峠道路が開通して、従来27.5 キロメートルあった区間が21.8 キロメートルに短縮されると共に、急カーブと急勾配が解消されている。これにより釜石市役所 - 遠野市役所間で所要時間が70分から50分に短縮されている。 (wikipediaより情報抜粋)偶然通行した峠道でした。道の駅を探していたら見つけましたw

●赤坂峠

岩手県道193号唐丹日頃市線(いわてけんどう193ごう とうにひころいちせん)は、岩手県釜石市と大船渡市を結ぶ一般県道である。大船渡市と釜石市を結ぶ主要地方道で、日頃市地区と唐丹地区を結ぶ最短ルートだが、頂上の赤坂峠付近が幅員狭小、急カーブの連続で通行しづらい。また、赤坂峠は積雪のため冬季通行止めである。この路線は五葉山登山口へのアクセス道路としても大船渡市民に親しまれている。

路線データ

  • 起点:釜石市唐丹町字下荒川(岩手県道250号吉浜上荒川線交点)
  • 終点:大船渡市日頃市町字関谷(国道107号交点)(wikipediaより情報抜粋)

●大峠(三陸峠)

国道45号(こくどう45ごう)は、日本の一般国道の一つ。宮城県仙台市から太平洋沿岸を経て青森県青森市に至る。岩手県下閉伊郡岩泉町の小本地区には最大10 %という急勾配と急カーブが2 kmにわたって続く当線最大の難所である中野坂があり、特に久慈方向から宮古方向は非常に急な下り坂で途中に3箇所、久慈方向からの緊急避難所がある。さらに、久慈方向からの降坂車が制限30 km/hを超えた場合、従来の電光表示と併用して警告音を大音量で鳴らす特殊仕様オービスもある。これを改良するため、三陸北縦貫道路整備の一環も兼ねて中野バイパス(現・岩泉道路)の整備が行われ、2010年11月28日に開通した。国道45号は、中野坂以外にも、リアス式海岸の段丘部と市街地や港のある低地とを交互に通過するため、段丘を上り下りする急坂やカーブが多い。 (wikipediaより情報抜粋)

●大月峠

大月峠(おおつきとうげ)は岩手県久慈市と同県下閉伊郡岩泉町を結ぶ岩手県道7号久慈岩泉線の峠。標高は542m。久慈市下戸鎖地区と岩泉町安家の元村を通り、昔は南部牛方が往来した峠であった。久慈市街から岩泉町まで内陸部を南北に縦断する。沿道には日本三大鍾乳洞の1つである龍泉洞、日本最大の鍾乳洞である安家洞(あっかどう)がある。 (wikipediaより情報抜粋)

●貝梨峠

貝梨峠(かいなしとうげ)は、岩手県八幡平市にある峠。国道282号が経由している。標高は430m。 藩政時代、鹿角往来への脇道であったが、明治24年(1897年)新津軽街道(現 国道282号)が開通するさいの経路となった。 現在は峠周辺は分水嶺公園として整備されている。(wikipediaより情報抜粋)

●萱峠

萱峠(かやとうげ)は岩手県和賀郡西和賀町から秋田県横手市を結ぶ峠である。標高は644m。 藩政時代、盛岡藩領と久保田(秋田)藩との境にあり、南部藩の鉄や三陸沿岸の塩、久保田藩の海産物、木綿などの輸送が行われ、 久保田藩は1721年(享保6年)より出羽国平賀郡山内村 大松川福万(ふくまん)の境口に、代々拠人を勤める黒沢氏により往来の旅人・物資の監視に当たらせた。 現在、峠は広域基幹林道萱峠線が経由している。(wikipediaより情報抜粋)

●国見峠

国見峠(くにみとうげ)は、岩手県岩手郡雫石町と秋田県仙北市を結ぶ奥羽山脈上の峠である。笹森山の南稜線上にあり、標高は940m。

(wikipediaより情報抜粋)

車之走峠(くるまのはしりとうげ)は岩手県八幡平市にある峠。峠には塞ノ神群とマンダ(シナの木)の並木道が現存し、急峻な山道で難所のため助け小屋が開かれていた。七時雨山山麓に陸羽横断連絡路の流霞道が通っていたが、江戸時代に入り鹿角街道が開かれ、磐手郡寺田村と同郡荒谷村(八幡平市)の四里を結ぶために、山麓の白坂から中腹で標高700mの車之走峠を経て荒谷村に至る道筋が整備された。1878年(明治11年)、七時雨の険を避けて松尾村の大場谷地峠を通る津軽街道が開削された。津軽街道とは現在の国道282号のルートで、そのため山を通過する道は廃道になっていた。現在「津軽街道」と呼んでいる道は、二戸市の福岡から浄法寺を経て、安代の曲田で盛岡から来る道と合流した道である。車之走峠の近くは、留ノ沢一理塚が対になって残っている場所の近くに、追分の石がある。ここから西に向かうと不動の滝に至る道があった所である。更に登ると助け小屋跡がある。やがてマダ並木(シナノキの並木)の所を通り、更に登ると塞ノ神群がある。ここは、塚の上に石が乱立している所である。ここから数百メートル登ると車之走峠である。ここから、更に旧安代町側に越えるとマダの巨木の根元に石地蔵がある。これは江戸時代に遭難した鹿角花輪のお七の供養仏と言われる。更に下るとマダ並木があり、更に下ると七時雨一理塚が2基ある。更に下って、軽井沢の安比川を渡る橋の手前の東北自動車道の真下に道標を兼ねた石地蔵が残っている。(wikipediaより情報抜粋)


福井県

木ノ芽峠 

木ノ芽峠(きのめとうげ)は、福井県の嶺北(越前地方)と嶺南(若狭地方)を隔てる峠である。木嶺(もくれい)とも言い、「嶺北」「嶺南」の語源となっている。木ノ目峠、木辺峠、あるいは木部山とも表記される。国造が分立した時代には、木ノ芽峠以北が越国の領土で、木ノ芽峠以南がヤマト王権の領土であった。従って、現在でも木ノ芽峠を境にして、北側が北陸文化圏、南側が近畿文化圏となっている。『日本紀略』によれば、官道の北陸道の一部として、天長7年(830年)に道が開かれた。しかし、道の険しさや冬の厳しい気候のために、難所の一つであった。このため、中世には、北陸道(北国街道)は東の栃ノ木峠(現在の国道365号)のルートに移動した。北陸本線は、険しい木ノ芽峠を避けて、海側の山中峠を越える杉津(すいづ)を経由するルートで建設されたが、1962年に、木ノ芽峠直下に北陸トンネルが貫通した。道路では、北陸道を継承する国道18号は、引き続き栃ノ木峠を経由していたが、1886年に金ヶ崎隧道・春日野隧道が貫通し、1920年には両隧道を通る海沿いの道が北陸道・国道18号を継承する国道12号(現在の国道8号)の一部に指定された。1977年、北陸自動車道の敦賀トンネルが、木ノ芽峠の直下に作られた。一般道路では長らく登山道しかない状態であったが、1993年に木ノ芽峠を通る道路が国道476号に指定され、2004年に直下を通る木ノ芽峠トンネルが完成して、自動車が通行できるようになった。 (wikipediaより情報画像抜粋)

●栃ノ木峠 

栃ノ木峠(とちのきとうげ)は国道365号にあり、福井県南条郡南越前町と滋賀県長浜市との県境に跨る峠である。標高は538mであり、険しい山道を抜ける峠である。また福井県における嶺南、嶺北を隔てる三つの峠の最南端に位置する。「酌子峠」(しゃくしとうげ)、「虎杖崩」(いたどりくずれ)といった別名があり、それぞれの名の由来にも諸説ある。ただし栃ノ木峠という名の由来は峠付近に栃の大木があった為、という説が有力である。古代から北国街道の難所として知られており、安土桃山時代からは特に重要な要所とされた。またこの付近には若狭の野坂山地や越前の両白山地、湖東の伊吹山地がそれぞれ聳えており、これらの山地の間をほぼ直線状に南北に伸びる柳ヶ瀬断層が形作る谷の最高点が栃ノ木峠になっている。南側から峠まではなだらかに登っているが、峠から北側は急傾斜のヘアピンカーブで下っている。 決して低くはない峠ではあるが、カーブミラーやガードロープも設置されており、1.5車線以上の道幅が常に確保されているので、山道に慣れたものなら走りやすい部類の峠に入る。ただし連続カーブや曲がり損ねたら崖から落下という箇所があったり、道幅の割りには大型車が嶺北方面(武生市、福井市、加賀北陸方面)への抜け道としての利用も多く、初心者にはあまり勧められない道と言える。滋賀県側の峠の麓から福井県道・滋賀県道140号敦賀柳ヶ瀬線が分かれており、ここを経由することで国道8号の峠である新道野越に出ることが出来る。こちらの峠のほうが栃ノ木峠に比較し、はるかに安全に走ることが出来る峠なので、運転に自信のない人はこちらを使ったほうが良い。福井県敦賀市内に国道476号が走っており、南越前町で国道365号と重複するので利用しやすい道である。(wikipediaより情報画像抜粋)

●新道野越 

新道野越(しんどうのごえ)は国道8号にある福井県と滋賀県の県境に跨る峠である。福井県敦賀市と滋賀県長浜市を最短で結ぶ交通の要所といえる。別名「新深坂越」(しんふかさかごえ)。北陸地方の主要幹線である国道8号において、かなり大きな峠に分類される。標高は260mであり、敦賀富士とも呼ばれる野坂岳(標高914m)を含む野坂山地を越える数少ない道である。敦賀市疋田で国道161号が分岐しこちらは滋賀県高島市へ、8号は長浜市に向かいここが滋賀県における湖東、湖西の北端であるとも言える交叉点である。この新道野越の下を北陸本線深坂トンネルが貫いている。古くはここには深坂越と呼ばれる道が存在しており古来から北陸、若狭地方への入り口として賑わっていたが、江戸時代に入ってからこの新道野越が開かれた為、現在では古道のハイキングコースとなっている。 峠道ではあるが、登坂車線もあり片側一車線でも十分な道路幅が確保されている。またこの峠から福井県道・滋賀県道140号敦賀柳ヶ瀬線が分岐しており、若干の悪路ではあるが滋賀県長浜市の国道365号にショートカットしている。そのためこの2本の道を使い分けて走れるので、海水浴シーズンでもない限りこの峠ではあまり渋滞は起きない。(wikipediaより情報抜粋)

●油坂峠

油坂峠(あぶらさかとうげ)は、国道158号上にある福井県大野市と岐阜県郡上市を結ぶ峠。最高地点の標高は780m。

  1. 1575年(天正3年)の織田信長による越前一向一揆討伐で郡上遠藤氏がこの峠を守備した一揆軍を討った際、流れた血が油のようにぬるぬるして道が滑って歩けなかったことから「油坂」と名づけられた説。
  2. 岐阜県側から峠までの標高差が約420mと険しく、峠を上る道で旅人がだらだらと油汗をかいたことから「油坂」と名づけられた説。岐阜県側の標高差は油坂峠道路の構造(ループ状の高架橋とトンネルを組み合わせることで勾配を出来るだけ緩和している)を見ても実感できる。現在は1986年(昭和61年)11月18日に供用を開始した国道158号越美トンネル(越美通洞)によって通年往来が可能である。同トンネルは、1999年(平成11年)4月26日に中部縦貫自動車道の一部である油坂峠道路に編入され、現在では東海北陸自動車道と連絡している。なお、旧道の油坂隧道は1889年(明治22年)に開通した。当初は人道隧道だったが段階的に拡大され、現在では車両同士の対面通行が可能である。大野市の旧油坂峠料金所の手前にある分岐の細い道を分け入ると到達する。更に、油坂隧道の脇にある山道を行くと油坂峠に行くことが可能である。この油坂隧道を含む旧区間は、油坂峠道路が自動車専用道路であることから、現在も国道158号の一部である。油坂峠道路が2005年(平成17年)9月30日に無料開放されるまでは、旧区間も除雪を行い冬期も通行可能としていたが、現在は冬期通行止となる。 (wikipediaより情報抜粋)

●ウツロギ峠

ウツロギ峠(ウツロギとうげ)は福井県敦賀市内の福井県道209号五幡新保停車場線の分断区間上にある峠である。標高は170m。福井県道209号は分断県道であり、このウツロギ峠附近は県道に指定されていない。しかし端点から先の道路上にあり、将来的に道が改善され車両の通行が可能になった際はこの区間も県道指定されるものと思われる。標高は高くは無く勾配もきつくないので、万葉集にも詠まれたこの地を歴史探訪をする人も見られる。山中峠や木ノ芽峠のあるこの附近は歴史的にも関所や難所が多く見られるため、ハイカーがよく訪れる場所である。 峠附近にかつて杉の大木があり、大きな洞が開いており、その様を「空ろ木」と呼んだことからその名がついたという伝承がある。 県道209号の起点である五幡交叉点が非常に狭路であり、車両での通行は困難である。また2007年現在、峠を新保側に少し越えた辺りで敦賀市土木事務所により通行止めのゲートが設置されている。徒歩で越えることは可能ではあるが、路肩が崩壊している箇所もあり、注意が必要である。標高や勾配よりも道自体の未整備のほうが問題の峠である。 (wikipediaより情報抜粋)

●九十九廻坂

九十九廻坂(くじゅうくまわりざか)は、福井県福井市と同県大野市の境にある峠である。点線県道である福井県道172号皿谷大野線の一部だが、代替路となる林道美山大野線の開通に伴い、九十九廻坂トンネルで通行可能となった。標高562mの峠である。江戸時代は大野藩領だった芦見村(旧美山町)地域と大野を結ぶ主要な峠だった。かつては車両の通行は不可能だったが、福井県道172号皿谷大野線から分岐して新設した林道の整備とトンネルの掘削が行われ、2002年5月30日から車両の通行が可能となった。なお、トンネル区間に存在する旧峠道は登山道となっている。 峠の直下に九十九廻坂トンネルが掘削されており、トンネルとその前後の区間は2車線(幅員7.0m)で整備されているが、林道区間は林道規程(昭和48年4月1日付け林野道第107号林野庁長官通知)で定める自動車道1級(国道、都道府県道等と連絡する幹線)1車線林道(幅員5.0m)として整備されている。なお、九十九廻坂トンネルの福井市側には、車両が10台程度停められる駐車場と東屋のある広場が設けられ、「ふるさと林道 美山〜大野線」の完成記念碑が設置されている。

峠へのアクセス

福井市より

福井県道31号篠尾勝山線 - 福井県道172号皿谷大野線 - 林道美山大野線 - 九十九廻坂

大野市より

国道158号 - 福井県道172号皿谷大野線 - 林道美山大野線 - 九十九廻坂(wikipediaより情報抜粋)

●椿峠

椿峠(つばきとうげ)は福井県三方郡美浜町にある峠であり、標高は50mである。旧丹後街道に位置する椿峠は車の通行ができない徒歩道である、並行してJR小浜線が通っており、坂尻から佐柿へのかつての街道筋は線路により分断されている。現在、この峠のすぐ南側には福井県道225号敦賀美浜線(旧国道27号)の椿トンネルが貫通している。また、北西を走る若狭広域農道の坂尻トンネル、南東を走る国道27号美浜東バイパスの国吉城トンネルも、広義とすれば椿峠の下を貫いている。現在はトンネルが貫いており、道路状況は良い部類に入る峠である。特に坂尻トンネル、国吉城トンネルは近年掘られたトンネルということもあり、非常に明るく走りやすい。2009年3月29日には国吉城トンネルを含む国道27号美浜東バイパスが全線開通し、椿トンネルの西側まで延伸した。2015年4月1日には椿トンネルは国道指定を解除され、前後の区間と共に福井県道225号敦賀美浜線に編入された。 (wikipediaより情報抜粋)

●中山峠

中山峠(なかやまとうげ)は福井県越前市にある福井県道上の峠である。 標高408mの福井県道206号上に位置する峠である。この峠の最大の特徴は峠が移動され、且つそれに伴い改名されたという点にある。古くはこの峠道は1931年に旧国道8号春日野隧道からの分岐路として開通し機能していたが、1968年に現在の中山トンネルが開通し峠ごと移動となった。この際にそれまで梨子峠と呼ばれていた峠を地名より引用し中山峠と改名している。このような移動改名された峠は全国的にも非常に稀である。 車両での通行が可能な峠である。上記した通り、トンネル開通に伴い峠を移動してきた経緯があるので現在でもトンネル自体が峠として機能している。片側1車線の確保された道路で、トンネル内では走行し難い箇所はない。しかし南越前町側の麓の道路は1.2から1.4車線程度の狭路であり、急勾配急カーブが続く険道区間がある。この区間は晴天の昼間でも木々が生い茂り薄暗く、冬季には雪が積もり他の道路が溶けていてもこの区間の雪は残っていることも多い。対して越前市側は峠を越えてすぐに湯谷集落に至り、道幅も片側1車線のまま勾配もフラットである。 (wikipediaより情報抜粋)

●温見峠

温見峠(ぬくみとうげ)は、福井県大野市と岐阜県本巣市根尾の境にある峠。国道157号(国道418号と重複)が通る。最高地点の標高は約1,020m。九頭竜川の支流温見川と揖斐川の支流根尾西谷川との分水嶺である。能郷白山の鞍部にあり、峠の名前は旧西谷村にあった集落の名前に由来する。現在も大野市温見として名前は残るも廃村となっている。岐阜県側の根尾村大河原(現在は本巣市根尾大河原)は冬期無人集落となっている。1974年に開通した車道は翌年に国道157号になったが、当地が豪雪地帯(平年で積雪2m)であるために、例年12月初旬から、大野市中島から本巣市根尾能郷までの間は除雪が行われずに通行止になる。雪が収まる3月下旬頃から除雪が集中的に行われ、5月ごろに通行止が解除される。通行可能な期間でも、落石の恐れがあり、ガードレールなしの狭路が続き洗い越しもあるため、通行の際は注意が必要である。なお、大野市から岐阜市へ抜ける通年通行可能な経路は、国道158号で福井市に出て国道8号を南下し更に米原市で国道21号を東へ通るもの、国道158号(油坂峠道路経由)で郡上市に出て国道156号を南下するものなどがある。トンネルで抜本的な道路改良をする案も出ているが、同じ県境を越える国道417号冠山峠道路のように事業化はされていない。峠から能郷白山の山頂へ登山道が延びている。(wikipediaより情報抜粋)

●花立峠

花立峠(はなたてとうげ)は福井県丹生郡越前町内にある峠。 標高554mの整備された林道上に在る峠である。この林道は越前西部3号林道と名付けられており、周囲の観光地と合わせてこの峠も観光スポットの一つとなっている感がある。平成の大合併以前は福井県丹生郡織田町と同郡朝日町の飛び地を隔てる峠として知られていた。越知山や六所山といったかつて修験者が多くいた山々の谷に位置するため、かつてこの峠は修験者たちにとって重要な峠であったことが窺える。 峠付近には家族連れで賑わう自然体験ができる観光地があり、キャンプ場などもあるため、舗装されており大変走りやすい。また峠には大きく花立峠と書かれた石碑が建っており、峠を目的にしたドライブをする際には大変分かりやすくなっている。道幅は1.5車線から1.8車線程度の道が断続的に続いており、離合に困るような箇所もない。ただし麓に下りるにしたがって落石や道路脇の草が覆い被さっている箇所などが出てきて走りにくさが増しているので注意が必要である。 (wikipediaより情報抜粋)

●丁坂

丁坂(ようろうざか)は福井県福井市と同県大野市を隔てる峠である。 標高472mの国道476号上に位置する峠である。非常に長い山道区間を有しており峠附近でアップダウンを繰り返す為、峠の位置がわかりにくいが、福井市と大野市の県境に位置するトンネルがこの丁坂となっている。難読地名であるこの坂はかつては「よほろざか」と呼ばれ、「尼僧がよぼろひつつ越えた坂」という伝承の元に名付けられたといわれている。 2009年現在丁坂トンネルが貫いており、旧道は現存せず車両でも徒歩でもここが現在の丁坂となっている。片側1車線丁度のクネクネとしたカーブの連続する山道を有しているが、標高の割りに勾配は緩やかである。大野市も福井市旧美山町域も盆地にある為、麓自体の標高が高いことがその理由として挙げられるだろう。しかし山深く豪雪地帯である為、冬季にはこの峠附近は通行止めとなってしまう。 (wikipediaより情報抜粋)

●馬背峠

馬背峠(まじょうとうげ)は、福井県敦賀市と同県三方郡美浜町の境にある峠である。峠を福井県道33号佐田竹波敦賀線であった旧道が通る。標高170mの比較的低い峠である。この峠のある福井県道33号は別名敦賀半島横断道路とも呼ばれ、敦賀半島の中央にそびえる三内山と西方ヶ岳との鞍部を越えている。また、半島の両側に散在する海水浴場へのアクセス道路のひとつにもなっている。標高は比較的低いが、海沿いから一気に山を越える地形ゆえ線形は比較的厳しい。2009年(平成21年)11月、当峠の直下に整備された「馬背峠トンネル」の供用が開始された。なお、旧道も現存しているものの、馬背峠トンネル手前から峠に至る区間の一般車両の通行は遮断されており、峠まで行くことはできない。旧道は急カーブが連続する道である。特に敦賀側は海岸からの距離が短いことから、勾配も急峻でありカーブが連続している。ただしカーブミラーが設置されているほか、片側1車線が余裕を持って確保されているなど整備がなされている。この道は主に夏季の海水浴シーズンに海水浴客が利用されることから交通量が非常に多く、県外ナンバーの車による渋滞が頻発している。ただし、それ以外のシーズンは原子力発電所の関係者やツーリング以外の車両はほとんど通ることも無い。馬背峠トンネル関西電力美浜発電所3号機の蒸気漏れ事故(2004年(平成16年)7月)を受けて、地元が中川昭一経済産業大臣(当時)に直接要望し、2005年度(平成17年度)に事業化したものである。この経緯および、原子力発電所での災害時における避難路確保[1]をなす事業の意義から、トンネル本体と取り付け道路工事を含めた事業費(約27億円)の全てが原子力発電所の災害対策を用途とした「原子力発電施設等緊急時安全対策交付金」によって賄われたため、地元負担はない。(wikipediaより情報抜粋)

●倉見峠

倉見峠(くらみとうげ)は福井県三方上中郡若狭町の国道27号上にある峠である。標高は120m。 平成の大合併以前は福井県三方郡三方町と同県遠敷郡上中町を分ける峠だった。また、嶺南のうち倉見峠以東を二州地区、以西を若狭地区と呼称することもある。両側2車線のほか登坂車線も設けられている(敦賀方面行きのみ)。嶺南の幹線道路となっており、年間を通して交通量は多い。この峠を内包する区間は、連続雨量が220ミリに達すると通行止めになる「異常気象時通行規制区間」となっており、起点および終点には交通遮断機が設けられている。また、土砂災害などを防ぐための防災工事が前後の区間を含めて継続的に行われており、倉見峠を含む区間は第1期工事として1992年度から2004年度にかけて行われた。通行不可能な場合の主な迂回路は、北側にある国道162号となる。 (wikipediaより情報抜粋)

三方五湖レインボーライン

三方五湖レインボーライン(みかたごこレインボーライン)は、株式会社レインボーラインが運営している福井県三方郡美浜町笹田から同県三方上中郡若狭町海山に至る、延長11.24キロメートル (km) の有料道路(道路運送法上の一般自動車道)である。正式名称は三方五湖有料道路である。美浜町と若狭町にまたがり、若狭湾国定公園の観光名所であるリアス式海岸と、久々子湖・日向湖・三方湖・水月湖・菅湖からなる三方五湖を眼下に望み、梅丈岳(ばいじょうだけ)の山麓まで行くことができる観光道路である。梅丈岳山頂へはリフト、またはケーブルカーを利用する。福井県道路公社が管理しているが、運営は株式会社レインボーラインが行っている。若狭湾屈指の景勝地として知られる。冬季閉鎖はなく通年営業を行っている。季節によって営業時間帯は変化し、10月から4月までが8時から18時、5・6月から7月20までおよび9月は7時30分から18時30分まで、7月21日から8月は19時まで営業しており[注釈 2]、夜間の営業時間外は閉鎖するため通行できない。通行することが出来る車両は、自動車とオートバイのみで、50 cc以下の原付バイクや自転車は通行不可である。走破する路線バスの設定はない。途中にある第1駐車場にはレストハウスが併設されており、休憩を兼ねて食事もすることが出来る。

通行料金

通常、1回あたり下記の通行料金が設定されている。毎年4月に開催される「山開き」では、通行料金が半額になる。三方五湖有料道路全線のうち、日向料金所以東にあたる美浜町笹田から日向料金所までが無料開放区間である。

  • 普通車(軽自動車・小型自動車・普通自動車):1,040円
  • バス型自動車(マイクロバス):2,620円
  • 大型バス自動車(大型車):4,190円
  • 大型貨物自動車(積載5t以下):4,190円
  • 自動二輪車:730円

利用状況

  • 2011年度
    • 普通自動車:67,488台
    • 大型自動車:2,362台
    • 自動二輪車、軽車両等:8,200台
    • 料金収入:7912万7040円
    • 管理業務費:4374万5240円

和歌山県

●中辺路

中辺路(なかへち)は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道・熊野古道のひとつ。和歌山県田辺市から山間部の熊野本宮大社・熊野那智大社を通って、熊野速玉大社に至るおよそ21里(84km)の行程である。「熊野古道」は広義には大阪や伊勢から熊野に至る長大な参詣道を含むが、世間一般的には(観光スポットとしての)「熊野古道」はこの「中辺路」の区間を指す。

田辺市街~秋津王子~万呂王子~三栖王子~八上王子~稲葉根王子~一ノ瀬王子~鮎川王子~滝尻王子~不寝王子~大門王子~十丈王子~大坂本王子~近露王子~比曽原王子~継桜王子~中ノ河王子~小広王子~熊瀬川王子~岩神王子~湯川王子~猪鼻王子~発心門王子~水呑王子~伏拝王子~祓戸王子~熊野本宮大社~湯ノ峯王子~熊野那智大社~多富気王子~市野々王子~浜の宮王子~佐野王子~浜王子~熊野速玉大社

尚、熊瀬川王子~湯川王子の間は平成23年台風第12号の被害により現在も通行止め区間が有り、迂回路を通る事になる。 (wikipediaより情報抜粋)TOYOTA86TOUGE TVでも取り上げられた道である。1度行ってみたいと思う。但し和歌山県までは遠いー