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20180617から走破した

これから走破済み、走破予定の峠道一覧です。

Part1とPart2とpart3,Part4,part5,Part6に分けて掲載しています。

群馬県、千葉県、茨城県、埼玉県、栃木県、東京都、はPart1に記載しています。

山梨県、長野県、愛知県は峠道ドライブ一覧Part2に記載しています。

神奈川県、静岡県Part3に掲載しています。整理致しました。

Part4は福島県、新潟県、石川県、富山県、岐阜県、三重県、滋賀県を掲載しています。

Part5山形県,秋田県,岩手県,福井県 、和歌山県掲載しています。

Part6は宮城県,青森県,北海道掲載しています。

情報はwikipediaより情報抜粋しています。一部感想を記載しています。


神奈川県

●七曲り

神奈川県道732号湯本元箱根線は、神奈川県箱根町の一般県道である。東海道の旧街道で、箱根新道と並行しており、途中には箱根新道と共に七曲りがある。 起点:足柄下郡箱根町湯本(三枚橋交差点) 終点:足柄下郡箱根町元箱根(畑宿入口交差点)(wikipediaより情報抜粋)くれぐれも安全運転でドライブいたしましょう。甘酒茶屋さんもなかなか古びた?感じのいい茶屋さんです。もう一度行きたいです。

●椿ライン

神奈川県道75号湯河原箱根仙石原線は、神奈川県足柄下郡湯河原町と箱根町を結ぶ県道(主要地方道)である。起点:神奈川県足柄下郡湯河原町中央・吉浜 湯河原高校前交差点(国道135号)終点:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原 仙石原交差点(国道138号)(wikipediaより情報抜粋) くれぐれも安全運転でドライブいたしましょう。走破致しました。

●ヤビツ峠

ヤビツ峠は丹沢山地内で数少ない南北をつなぐ車道の峠で、他には犬越路(犬越路隧道)がある。しかし、犬越路南側の犬越路林道と北側の神之川林道は一般車両通行禁止のため、ヤビツ峠は丹沢山地唯一の南北をつなぐ一般車両通行可能な峠である。

おまけ:雨の日の裏表ヤビツ峠ドライブ

●宮ヶ瀬レイクライン (裏ヤビツともいう)

宮ヶ瀬湖の周りは現在神奈川県道64号伊勢原津久井線、神奈川県道70号秦野清川線、神奈川県道514号宮ヶ瀬愛川線、宮ヶ瀬北岸林道が囲むように通っている。北岸林道は日中のみ通行可能で、夜間(午後7時から翌朝7時まで)は通行止めである。宮ヶ瀬北原交差点からヤビツ峠売店までが宮ヶ瀬レイクラインといい、別名:裏ヤビツとも言われています。今回は神奈川県道70号秦野清川線を通行致しました。

●長尾峠

長尾峠は神奈川県足柄下郡箱根町と静岡県御殿場市の間にある峠。箱根外輪山にある。標高911m。静岡県道401号・神奈川県道736号御殿場箱根線の長尾隧道(長尾トンネル、全長150m)が通っている。動画では富士見茶屋跡地から下りを収録しています。

●土山峠

土山峠とは、神奈川県愛甲郡清川村煤ヶ谷の、神奈川県道64号伊勢原津久井線の途中にある海抜約300mの峠である。

●オレンジライン (湯河原新道)

湯河原新道(ゆがわらしんどう)とは、神奈川県足柄下郡湯河原町内にかつて存在した有料道路の名称、またはこの有料道路を前身とする現在の町道の通称である。

●箱根新道

箱根新道は、神奈川県足柄下郡箱根町の湯本から箱根峠までを結ぶ国道1号のバイパスである。全線が指定区間。また、全線が自動車専用道路のため125 cc以下の二輪車(原付一種および原付二種)は通行禁止。

起点 : 神奈川県足柄下郡箱根町湯本字山崎

終点 : 神奈川県足柄下郡箱根町箱根字境木

(wikipediaより情報抜粋)

●湯河原パークウエイ (走破済み動画なし)

湯河原パークウェイ(ゆがわらパークウェイ)は、神奈川県湯河原町の奥湯河原温泉付近から同町の湯河原峠付近を結ぶ一般自動車道事業による有料道路である。伊豆箱根鉄道が経営している。 2006年(平成18年)4月1日現在の通行料金は普通車で470円(1kmあたりの単価は82.5円)。1日平均通行台数は623台。

宮ヶ瀬北岸林道

宮ケ瀬湖の北岸を走る道路。 通行可能時間は 7:00 - 19:00 。

相模原市営北岸林道 (北岸道路)動画では北岸林道手前から収録しています。

●牧馬峠(まきめとうげ)

国道413号と国道412号方面を結ぶ、神奈川県道518号藤野津久井線の最高点の峠である。2箇所に幅員2.0m制限のゲートがあり、大型車の通行が禁止されている。狭隘な道だが、混雑時に大月方面から厚木方面への抜け道に使う車も多い。 峠の両側の沢は、牧野側は篠原川を通じて相模湖に、青野原側は道志川に至り、両側とも相模川水系である。 峠は石老山(標高694m)と石砂山(標高578m)の間にある。 (Wikipediaより情報抜粋)

●トズラ峠

神奈川県津久井町にある峠である。宮ケ瀬湖から道志みちに向かうときによく使うコースです。この峠の事はあまりよく知りませんでした。(勉強不足)今回は雨の日に走行しました。

雨の音を聞きながらのドライブもまたいいものです。トズラ峠の標識が小さく見過ごすことがあります。どこが峠だかわかりませんでした。

●三増峠(三増トンネル)現在通行止め?

なんか歴史のある峠みたいですね。以下はwikipediaの情報です。

三増峠の戦い(みませとうげのたたかい)とは、永禄12年(1569年)10月8日に武田信玄と北条氏により行われた合戦である。本項では、合戦に至るまでの経緯として、小田原城包囲戦も合わせて解説する。 三増峠道は中世のころ、信濃(長野)や甲斐(山梨)から鎌倉へ向かう古街道であり、武田信玄と北条氏康の両軍が戦った三増合戦場の折、武田軍が通った道とも言われてます。

地震峠

今から94年前の関東大震災。 死者33名の津久井郡内で死者16名を出した鳥屋・馬石地区。関東大震災の爪痕として残る山津波「地震峠」 今は地震峠の案内板はないのでどこが地震峠入り口なのかわからなかった。鵠沼さん一家が作られたそうですが現地にはありませんでした。

動画内で入り口は見つかりましたが、峠前までは車ではいけませんでした。


静岡県

●日本平パークウエイ

日本平は、静岡県静岡市の駿河区と清水区の境界にある景勝地である。名称は日本武尊伝説に由来する。 丘陵には静岡県道路公社が観光振興や地域開発を目的として、東西に走る有料の「日本平パークウェイ」が造られ、1964年(昭和39年)3月1日に全線の供用を開始した。静岡側から丘陵の日本平山頂まで登る道路「日本平パークウェイ」と、清水側から日本平山頂を結ぶ「清水日本平パークウェイ」で二分され、この二つの道は山頂でつながっている。(wikipediaより情報抜粋)

●十国峠(十国スカイライン)

静岡県道20号熱海箱根峠線(しずおかけんどう20ごう あたみはこねとうげせん)は、静岡県熱海市から田方郡函南町に至る県道(主要地方道)である。

伊豆半島北東部に位置する、熱海と箱根という著名な観光地を結ぶ路線であり、伊豆スカイラインへ接続もするため、観光目的での通行が多い。箱根火山の外輪山から、南へ続く湯河原火山が浸食されてできた山稜に沿った路線である上、沿線には樹木が少なくササが多いため展望がきく箇所もある。本道の南端部には観光スポットの十国峠(日金山)があり、十国峠ケーブルカーで登って360度の眺望を楽しむことができる。箱根ターンパイク交点付近で、神奈川県足柄下郡湯河原町に短区間越境する。

別名

  • 十国スカイライン
  • 十国ドライブウェー

路線データ

陸上距離: 18.0 km
  • 起点: 熱海市中央町(中央町交差点、国道135号交点)
  • 終点: 田方郡函南町桑原(箱根峠交差点、国道1号交点)
  • 十国峠此処では数多くのイベントなどが行われている。

●乙女峠

箱根から御殿場迄を結ぶ国道138号線です。景色が最高に良いドライブするには良い峠道でしょうね。但し、4KM前後と短い為、あっというまに通行してしまう事があります。私も気づきませんでした。乙女峠の途中にふじみ茶屋さんがあり団子が美味しかったです。その先にもいっぷく茶屋さんもあります。

●箱根峠

箱根峠は、神奈川県足柄下郡箱根町と静岡県田方郡函南町の境に位置する峠。箱根山の外輪山を越え、標高は846m。箱根峠の山道が、東西交通の主要となってくるのは鎌倉時代以降である。道路の東海道である国道1号は箱根峠を経由する路線になっており、小田原から箱根峠までは箱根新道が建設されている。(wikipediaより情報抜粋)

●金太郎富士見ライン(足柄峠)


静岡県道365号足柄峠線は静岡県駿東郡小山町にある県道である。小山町内で足柄峠と小山地区(藤曲)を結ぶ路線であり、静岡県道78号御殿場大井線を補完する。金太郎ふじみラインと名づけられており、御殿場大井線と比べて視界が広がる区間が多く、小山や御殿場の街並みや富士山を見渡すことができる。愛称にある金太郎は足柄山で育ったという金太郎にちなんだもの。御殿場大井線(足柄街道、矢倉沢往還)に対する新道として開設された。山道にしては広く、ほとんどの区間で行き違い可能になっている。(wikipediaより情報抜粋)

天城峠

天城峠は、静岡県伊豆市と賀茂郡河津町の境にある峠。古来あった峠ではなく、1904年(明治37年)に完成した天城トンネルによってできた峠である。トンネルの標高は710メートル (m) 前後で、直上の山稜の標高は830 mほどである。このトンネル直上の山稜にある登山道には天城峠の分岐点があるが、山を下る道があるわけではない。天城峠は伊豆半島の内陸と南部を結ぶ重要な峠であり、このトンネルのできる前の天城越えは下田街道の難所であった。天城トンネルができる前には二本杉峠が使われ、それより前は古峠が天城越えの峠として使われてきた。天城峠の天城トンネルは川端康成の小説、伊豆の踊子の舞台となっている。また、昭和時代には自動車社会に適合した国道414号の新天城トンネルも完成した。天城峠の山稜から東へは八丁池をへて天城山へ至る登山道である天城縦走路が続き、西へは伊豆半島北西部へ至る伊豆山稜線歩道が始まる。

●ふじあざみライン

須走から富士5合目まで続く道路道の駅すばしりから5合目まで25Kmの距離、車:38分自転車:1時間40分 徒歩:5時間かかります。また景色もよく富士山を眺めながらのドライブは最高ですね。前回は途中までしか行けなかったので(車のトラブルで)やっと走破できました。5合目まで登ってみる朝日は格別です。朝5時30分に上りました。


●富士山スカイライン(表富士周遊道路) 走破済みだが次回動画収録予定

表富士周遊道路とは、静岡県の富士山麓にある、かつて有料道路であった延長34.5kmの区間の道路名。通称・愛称は富士山スカイライン(ふじさんスカイライン)という。二合目で登山区間が分岐(富士市大渕)富士山の南麓を走る山岳道路。全体の区間は、静岡県富士宮市山宮 - 同市粟倉 - 御殿場市中畑を結ぶ延長計34.5 kmの道路である。(wekipediaより情報抜粋)以前に家族と富士山旅行をした時に富士山スカイラインを走破した。5合目駐車場から売店迄行った。また行きたいと思います。

●伊豆スカイライン

伊豆スカイラインは、静岡県道路公社が経営する一般自動車道事業による有料道路。静岡県田方郡函南町の熱海峠から同県伊豆市の天城高原へ至る。伊豆半島を縦走する延長40.6キロメートル (km) の一般自動車道である。(wikipediaより情報抜粋)

●西伊豆スカイライン

西伊豆スカイライン(にしいずスカイライン)とは、静岡県伊豆市の戸田峠から達磨山・伽藍山を通り土肥峠(船原峠)を結ぶ西伊豆の稜線上を走る延長約10.8キロメートル (km) の道路である。元々は有料道路であったが静岡県に有償譲渡され、現在は静岡県道127号船原西浦高原線の一部区間として無料で開放されている。(wikipediaより情報抜粋)

●マーガレットライン

南伊豆道路は、国道136号中にかつて存在した、静岡県賀茂郡南伊豆町から松崎町に至る日本道路公団所管の有料道路。 現在は無料開放され、国道136号および静岡県道16号下田石廊松崎線の重複区間として供用中。

  • 起点 : 静岡県賀茂郡南伊豆町子浦字伊鈴浜
  • 終点 : 静岡県賀茂郡松崎町雲見字金沢
  • 路線延長 : 12.3 km
  • (wikipediaより情報抜粋)

●彫刻ライン 別名:富士見彫刻ライン

国道136号線静岡県賀茂郡にある国道

雲見海岸から松崎町までの道路ですがマーガレットラインとセットで走ると気持ちがいいドライブができます。20体の地元芸術家の作品が沿道に飾られています。

●仁科峠

仁科峠は、静岡県伊豆市と賀茂郡西伊豆町の境界に位置する峠で、伊豆半島西岸と内陸部を結ぶ。標高は897m。静岡県道59号伊東西伊豆線と静岡県道410号仁科峠宇久須線が通る。

名前の由来は「西那賀(にしなか)」な訛ったものと言われている。近代前は仁科峠から南東にある猫越(ねっこ)峠が東西を結ぶ交通の要であった。植生は駿河湾より吹き上げる強風のために、この峠より北の山稜には高木が育ちにくくクマザサが増える。(wikipediaより情報抜粋)


●バサラ峠(婆娑羅峠)再投稿

婆娑羅峠(ばさらとうげ)は、静岡郡松崎町と下田市の境に位置する峠。標高316m。 静岡県道15号下田松崎線が通っているが実際に峠を上るわけではなく、トンネルで越えている。自動車時代前の婆娑羅峠を通る道は廃道になっており、原形を留めていないが、バサラ峠の名前のバス停が存在する。バサラ峠停留所のすぐそばに湧水が湧き出している所がある。 名水巡りドライブ動画として公開しています。

静岡県道15号 下田松崎線主要地方道 下田松崎線

起点 :下田市東本郷1丁目

終点 :賀茂郡松崎町江奈

(wikipediaより情報抜粋)

帰れマンデー見っけ隊!!で放映されましたよね!https://www.tv-asahi.co.jp/kaeremonday/backnumber/0056/

松崎街道 走破済 (バサラ峠の動画をご覧下さい。)

静岡県道15号下田松崎線は、静岡県下田市から賀茂郡松崎町に至る県道(主要地方道)である。

  • 起点:下田市東本郷1丁目(中島橋交差点、国道136号交点)
  • 終点:賀茂郡松崎町江奈(宮の前橋交差点、国道136号交点)
  • バサラ峠を走破の際に通行致しました。(wikipediaより情報抜粋)
●下田街道 走破済

下田街道は、東海道、三島宿の三島大社を起点に、伊豆の国市韮山・大仁・伊豆市湯ヶ島を通り、天城峠を越えて河津町梨本に至り、更に小鍋峠を越え、下田市箕作・河内を経て下田に至る通計十七里十四町二十一歩の口伊豆(北伊豆)と奥伊豆(南伊豆)とを結ぶ幹線道路であった。江戸時代には下田路と呼ばれた。現在の国道414号(一部区間は国道136号と重複)にあたる。天城山が伊豆を南北に分断し、北伊豆から隔てられた南伊豆では物資の輸送は海運に依存していたため、陸上路である三島―下田間の下田街道の整備・発達はかなり遅れたと考えられている。人馬の継立場が史料面から確認できたのは江戸中期の1742年(寛保2年)である。江戸幕府成立後、大半が天領だった伊豆国だが、1697年(元禄10年)を境に旗本領が増加し、のちに沼津藩領、掛川藩領、小田原藩領が各地に置かれたことから、江戸中期頃から通行が増加し、継立場が設置されたと考えられる。 幕末、通行人の数が増大し盛況を呈したが、沿線の村々には人場継立等の負担が重くのしかかり、明治時代に至っても多大な借入金に苦しんだ。大正から昭和初期に入っても、下田街道は人の往来が主であり、物資輸送は海運が中心であった。戦後の昭和後期には、モータリゼーションが起こるなどの交通事情の変化に伴って、新天城トンネルの開通や、日本最大規模のループ高架橋である河津七滝ループ橋が建設されるなど、現代の道路機能を備えることとなり、下田街道の道筋は県道(主要地方道)から一般国道414号に昇格した。 (wikipediaより情報抜粋)

真鶴ブルーライン (走破済みだが動画未収録)

真鶴道路は、神奈川県南部の湯河原町から真鶴町を結ぶ有料道路。全線が国道135号に指定されており、真鶴ブルーラインという愛称が付けられている。神奈川県道路公社が維持管理有料制度に基づき管理している。

2008年(平成20年)9月までは当路線の前後および当路線に並行する一般道区間(旧道)も真鶴道路に含まれていたが、料金徴収期間が満了したために旧道は無料開放され真鶴道路ではなくなった。かつては真鶴道路であったことから、このルートの有料道路時代の事項に関しても、この項で述べる。

無料開放に伴う路線等の変更は以下の通りである。

  • 国道135号(本道) → 神奈川県道740号小田原湯河原線
  • 真鶴道路(旧道) → 国道135号(本道)
  • 真鶴道路(新道) → 真鶴道路(真鶴ブルーライン)

    新道(現在の真鶴道路)

    料金所 岩大橋
  • 起点 : 足柄下郡湯河原町吉浜
  • 終点 : 足柄下郡真鶴町岩
  • 延長 : 4.5km
  • 車線 : 2車線
  • 料金徴収期間 : 2028年9月3日まで

真鶴半島の付け根を貫く真鶴トンネルや海上の岩大橋など、全線が立体交差である。途中にある2ヶ所のICはいずれも小田原方面出入口のみのハーフICであるため、本道路を通行する車両は必ず真鶴料金所を通過することとなる。道路交通法による一部車両通行規制道路であり、小型自動二輪車などは通行できない。料金所はETCに対応していない。維持管理費を通行料金により賄う維持管理有料制度が適用されている。首都圏から伊豆半島の東海岸(熱海市・伊東市・下田市など)へのメインルートとなっている。そのためゴールデンウィーク、海水浴シーズンを始めとした行楽期の週末は午前の下り線および午後の上り線が激しい渋滞になることも多い。現在、真鶴道路と並行した小田原湯河原広域農道の整備が、神奈川県県西地域県政総合センターで実施されており、石橋 - 根府川(ヒルトン小田原リゾート&スパ)間は、平成34年度末の工事完了の予定である。建設から20年が経ち、一部開通部分は交通量が少なく不法投棄も発生しており、全面開通・工事前倒しが期待される。また、西湘バイパスの石橋ICから真鶴道路(小田原市根府川)の延伸が2017-2025年までに整備推進されている。旧道(現在の国道135号本道)現在無料の国道135号本道である、小田原市根府川の県道740号との分岐点から現真鶴ブルーラインとの分岐点、真鶴駅前、湯河原市街を経て神奈川・静岡県境に至るルートも先述のとおりかつては有料道路真鶴道路であった。新道と並行する部分は主に「真鶴道路(旧道)」と呼ばれていた。有料道路とはいってもこちらは新道とは異なり真鶴市街を平面交差で通過、すなわち交差点が多数ある一般道路で、その見た目は一般的な無料の国道とさして変わらないものであった(ただし、道路には自動車専用道路規格のキロポストが設置され、無料開放後もそのままとなっている)。一般道路であるため開通当初から歩行者等も通行可能であり、無料開放まで自転車も有料だった。料金所は真鶴市街を小田原方向に進んだ街外れにあり、市内交通や湯河原方面への交通に際しては無料で通行が可能であった。新道の開通以後は料金所は新道・旧道の分岐点に設置され、新道へ行く車と旧道へ行く車はそれぞれ別のレーンで料金が徴収された。

  • 起点 : 足柄下郡湯河原町門川(静岡県境)
  • 終点 : 小田原市根府川字片浦
  • 延長 : 10.7km
  • 車道幅員 : 5.5-7.5m
  • 曲線半径 : 55m
  • 縦断勾配 : 7.6%
  • 車線 : 2車線
  • 料金徴収期間 : 1959年9月4日から2008年9月3日まで
  • (wikipediaより情報抜粋)

●山住峠

浜松市天竜区水窪町の標高約1100メートルの山住峠
 眺望ポイントは、同町中心部から峠まで約10キロ続く県道389号水窪森線沿いや山住神社付近などです。カモシカに出会えますよw

天竜スーパー林道 

天竜スーパー林道(てんりゅうスーパーりんどう)とは、静岡県浜松市天竜区内にある林道である。スーパー林道天竜線ともいう。静岡県北遠地域を流れる天竜川東部の山中を縦断する林道で、浜松市天竜区東雲名を起点に、同区龍山町 - 春野町 - 佐久間町の境界を抜けて水窪町の水窪ダムまで続く延長全長約53kmのスーパー林道(特定森林地域開発林道)である。国道152号(秋葉街道)から天竜川に架かる雲名橋(うんなはし)を渡ったところに、秋葉山本宮秋葉神社方面へと向かう天竜スーパー林道(スーパー林道天竜線)の起点があり、林道はここから北側の山を登って尾根沿うように秋葉山(標高886m)、竜頭山(1352m)、井戸口山(1335m)、門桁山(1384m)、麻布山(1685m)を巡る深い山中の森林地帯を走って、終点・水窪ダムまで続く。森林資源の開発利用と産業振興、地域開発を目的に1984年(昭和59年)に総工費81億円(当時)をかけて整備がなされ、日本のスーパー林道の中では19番目に完成した路線である[2]。 道幅は1車線と狭いが、全線が舗装されている。南側区間沿線の秋葉山にある秋葉山本宮秋葉神社は、火防の神で知られた全国にある秋葉神社の総本宮で、林道は秋葉神社の参道にもなっている。秋葉神社を越えて北に延びる尾根筋を走ると、山々を望む展望の開けた山岳道路へと変化する。(wikipediaより情報抜粋) この日、黒いカモシカに出会った。これでシカに出会うのは2回目である。たまたま山住峠から野鳥の森の先まで行こうとしましたが通行止めの為往けず、山住峠分岐から天竜スーパー林道経由の秋葉神社手前まで走破致しました。偶然に林道天竜線を走るとは思ってもいなかったニアミスです。でも動画が取れてよかったです。動画は天竜の森過ぎた所でカメラ熱対策の為休憩をし終了しています。次回全線走破する予定です。ここを走るときはガソリン満タンで行かないといけません。

●薩埵峠

薩埵峠(さったとうげ)は、静岡県静岡市清水区にある峠である。東海道五十三次では由比宿と興津宿の間に位置する。の字がJIS第3水準のため、「薩堆峠」の表記や、かな文字で「さった峠」と表記する例がある。市内興津地区と由比地区の境界付近は、薩埵山が海へと突き出す地形となっており、古くは海岸線を波にさらわれぬよう駆け抜ける必要があった。このため、同様の状態であった新潟県・富山県境の親不知と並び称されたり、東海道の三大難所として語られてきた。このため山側に迂回コースとして造られたのが薩埵峠である。駿河湾に面した清水港の北に位置する薩埵峠は標高93 mの小さな峠で、峠道はミカン畑のある急斜面の細道ながら、興津駅と由比駅の間には遊歩道も整備されている。峠にある展望所からの富士山と駿河湾の景色は、歌川広重の浮世絵『東海道五十三次・由比』にも残されるほどの絶景で、東名高速道路の宣伝材料など、さまざまな素材にも利用されている。また、ここから見渡せる由比地区西部が東名高速道路と国道1号およびJR東海道本線が並行して走る区間で交通の要所でもあることなどから、通過交通の現況を一覧できるポイントとして、在静の民放(静岡放送、テレビ静岡)やNHK静岡放送局が、薩埵峠からほど近い場所に情報カメラを設置している。薩埵という名称が「去った」と読めて語感が悪いという理由で、江戸時代末期の和宮の徳川家茂への婚儀の行列はここを通らず、中山道を通過した。 (wikipediaより情報抜粋)

●宇津ノ谷峠

宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)は、静岡県静岡市駿河区宇津ノ谷と藤枝市岡部町岡部坂下の境にある峠。国道1号・旧東海道が通る。標高151メートル。中世から交通の要衝として和歌にも詠われ、現在でも国道1号のトンネルが通過している。また、平安時代の道(蔦の細道)から国道1号現道のトンネルまで、全て通行可能な状態で保存されており、道の変遷を知ることができる。近世東海道の交通を知る貴重なものとして2010年(平成22年)2月22日に国の史跡「東海道宇津ノ谷峠越」に指定された。

峠越えルート

  • 蔦の細道
  • 旧東海道
  • 明治のトンネル(今回収録できず)
    • 1876年(明治9年)開通、1896年(明治29年)火災により焼失
    • 1904年(明治37年)修復・改修し再開通
  • 宇津ノ谷隧道 (昭和第一トンネル)・・大正時代から計画があったため大正トンネルと呼ぶこともある。
    • 1930年(昭和5年)開通
    • 片側1車線、現在は静岡県道208号藤枝静岡線として使用。
  • 新宇津ノ谷隧道 (昭和第二トンネル)
    • 1959年(昭和34年)開通
    • 2車線。開通当時は対面通行、現在は国道1号現道上り線として使用
  • 平成宇津ノ谷トンネル 
    • 1998年(平成10年)開通
    • 2車線。現道下り線として使用。(wikipediaより情報抜粋)

鹿路庭峠遠笠山道路

鹿路庭峠(ろくろばとうげ)は、静岡県伊東市と伊豆市を結ぶ峠。標高544m。 旧鹿路庭峠は現在の位置より東にあり、対馬地区と上大見地区を結ぶ主要道であった。旧峠が利用されていた時代には茶屋があり、旅のお守りとして「伊豆国池村地蔵尊」と書かれたお札が売られていた。現在でも当時の石仏が残る。かつては山深い峠道であり、多くの鹿の姿が見られたため、この名がついたと言われている。峠を越える静岡県道111号遠笠山富戸線と、冷川方面へ向かう静岡県道112号中大見八幡野線が交差している。伊豆市側には伊豆スカイラインの天城高原ICがあり、南側に別荘地、ホテル、ゴルフ場などがある天城高原が広がっている。伊豆東部火山群の矢筈山溶岩ドームへの登山口となっている。(wikipediaより情報抜粋)

遠笠山道路 走破済 (鹿路庭峠で走破済)

静岡県道111号遠笠山富戸線(しずおかけんどう111ごう とおがさやまふとせん)は、静岡県伊豆市および伊東市を通る県道である。当初は日本道路公団が管理する有料道路の「遠笠山道路」であったが、現在では無料開放され、伊東市から天城高原へのアクセス路となっている。

  • 起点 : 伊豆市菅引(「天城高原ゴルフコース」と書かれた看板と、道路両側に石積みの門柱がある地点)
  • 終点 : 伊東市富戸
  • 修善寺道路

    修善寺道路(しゅぜんじどうろ)は、静岡県伊豆市および伊豆の国市の国道136号バイパスである。下田街道のボトルネックの一つ、静岡県伊豆市修善寺横瀬地区を迂回する。自動車専用道路に指定されている。道路整備特別措置法による有料道路として静岡県施工事業として建設された(運営:静岡県道路公社)。伊豆中央道と一体となって伊豆中部のバイパスを形成する。なお、修善寺道路は伊豆縦貫自動車道の一部に位置付けられているが、本来、伊豆中央道と修善寺道路を経由せずに東駿河湾環状道路と天城北道路を直接繋ぐルートとして伊豆縦貫自動車道が計画されている為、高速道路ナンバリングは導入されていない。

    • 起点:静岡県伊豆市修善寺
    • 終点:静岡県伊豆の国市田京
    • 総延長:4.8 km
    • 道路規格:第1種第3級(自動車専用道路)
    • 設計速度:80 km/h
    • 有効幅員:10.50 m(1.75 + 3.50 + 3.50 + 1.75 m)
    • 車線数:2車線
    • 事業費:111億円
    • (wikipediaより情報画像抜粋)此処は写真撮らなかったなーw

    籠坂峠

    籠坂峠(かごさかとうげ)は国道138号(旧鎌倉往還)の標高1104mの峠である。富士山と丹沢山地西端の三国山稜を結ぶ鞍部にあり、山梨県南都留郡山中湖村南西の旭日丘と静岡県駿東郡小山町須走の境目に位置する。古くは加古坂と表記された。「籠坂」は、峠を駕籠で越えたことに由来する説や、籠に石を詰め火山性の地盤を固めたことに由来する説がある。篭坂峠と表記することもある。富士山の火山灰が厚く堆積し、雪で閉鎖されることもあるため東富士五湖道路でバイパスすることができる。山中湖村側は峠から数百メートルのところまで別荘地になっている。古くから富士北麓地域と駿東部を結ぶ要衝として利用され、東海道から甲斐国府へ至る官道である甲斐路の経路であり、駿河国の横走駅(静岡県御殿場市)と加吉を結んだ。中世には鎌倉街道の峠となり、『吾妻鏡』承久3年7月12日(1221年8月8日)条には「加古坂」の名が見られる。『吾妻鏡』によれば承久の乱の首謀者のひとりである藤原光親が加古坂で梟首されており、小山町側の途中には光親の塚がある。また、国境であるため戦国時代には甲斐の武田氏と相模の後北条氏との係争地になり、大永6年(1526年)には富士裾野の梨木平において武田信虎と北条氏綱の合戦が行われている(『勝山記』による)。江戸時代には口留番所が設置される。また、葛飾北斎は『冨嶽三十六景』の甲州三嶌越」において篭坂峠からの富士山(裏冨士)を描いている。(wikipediaより情報画像抜粋)

    河津七滝ループ僑

    河津七滝ループ橋(かわづななだるループきょう)は、静岡県賀茂郡河津町内、国道414号にある720度ループの橋である。正式名称は、七滝高架橋(ななだるこうかきょう)。全長1064メートル(m)、高低差45m、直径80mの二重ループ橋である。橋梁の設計は日本構造橋梁研究所によるもので、6基の橋脚によりループ橋(上部工)を支えている。ループ橋部分は3径間連続曲線箱桁4連で構成されている。下田市・河津駅方面からは反時計回りの上り坂、伊豆市・天城トンネル方面からは時計回りの下り坂で720度・2回転ループする。片側1車線の対面通行であるが、この橋を通行する車の危険防止のために、制限速度は時速40キロメートル(km)に制限されており、追越し禁止である。自動車やオートバイのほか、自転車も通行することができる。ループ橋の位置は、静岡県伊豆半島南部に位置する加茂郡河津町の国道414号に設けられており、新東名高速道路の長泉沼津インターチェンジからは、伊豆縦貫自動車道、伊豆中央道、修善寺道路、国道136号、国道414号と経由して、約53 kmのところにある。なお、ループ中央部のスペースは町営駐車場として利用されている。かつては山に沿って国道がつづら折れになっていたが、1978年の伊豆大島近海の地震の影響で崩落し山腹の道路が寸断した。その後、通行の利便性と高低差を解消し、地震による土砂崩れの教訓を生かした工法を採用し、1981年(昭和56年)にこのループ橋が生まれた。同年、土木学会田中賞を受賞。元々は静岡県道13号修善寺下田線であったが、1982年4月に国道414号に昇格。 (wikipediaより情報画像抜粋)

    ●東伊豆道路 (走破済み)

    東伊豆道路ひがしいずどうろ)は、静岡県の下田市と伊東市の間のかつての一般有料道路。日本道路公団により建設・管理されていた。現在は無料開放され国道135号として供用。国道135号のうち東伊豆町奈良本付近から伊東市玖須美元和田付近にかけては山間部を通る狭い道だったため、この区間をバイパスする新道として建設された。基本的に伊豆急行線に並行しているが、鉄道線がこの区間を長大トンネルで抜けるのに対し、伊東市八幡野以南では多くの部分で海岸線を経由する。そのため景色がいい反面、波浪や降雨による通行止めが頻繁に発生する。伊東市吉田の一碧湖入口交差点付近などに、かつての料金所の跡地が存在する。なお現在でも旧道は通行可能であり、夏の渋滞時には抜け道としてよく用いられる。無料開放された現在でも、この道路のことを「東伊豆道路」と呼ぶ場合がある。以下の4つの区間に分けて建設・管理されていた。 事業費は、下田・稲取・熱川区間が38億9,300万円、伊東区間が1億2,300万円。

    下田区間

    下田市武ヶ浜 - 河津町浜(14.5 km)

    • 1952年(昭和27年)4月1日 - 工事開始
    • 1954年(昭和29年)3月20日 - 工事終了
      • 12月1日 - 白浜村板戸から下河津村浜までの区間が有料道路縄地道路として開通
    • 1956年(昭和31年)7月1日 - 縄地道路を日本道路公団が引き継ぐ。
    • 1957年(昭和32年)11月28日 - 下田町小字武ケ浜から下河津村字浜までの工事完了。
      • 12月12日 - 有料道路「縄地道路」を含め、下田町武ケ浜から下河津村浜までの区間を有料道路下田道路と呼称変更し、本区間が開通。
    • 1967年(昭和42年)4月25日 - 有料道路東伊豆道路の一部となる。
    • 1982年(昭和57年)4月1日 - 無料開放

    稲取区間

    河津町浜 - 東伊豆町片瀬(13 km)

    • 1963年(昭和38年)12月12日 - 工事開始
    • 1967年(昭和42年)3月28日 - 工事終了
      • 4月25日 - 有料道路東伊豆道路の一部として開通
    • 1982年(昭和57年)4月1日 - 無料開放

    熱川区間

    東伊豆町片瀬奈良本字磯山 - 伊東市八幡野字中畑(9.5 km)

    • 1960年(昭和35年)3月1日 - 工事開始
    • 1962年(昭和37年)8月10日 - 工事終了
      • 8月29日 - 有料道路東伊豆道路として開通
    • 1982年(昭和57年)4月1日 - 無料開放

    伊東区間

    伊東市八幡野 - 伊東市玖須美元和田(11.3 km)

    • 1956年(昭和31年)7月1日 - 二級国道下田小田原線中、静岡県伊東市逆川から伊東市八幡野までの間を有料道路伊東道路とする。
      • 11月22日 - 伊東市八幡野二つ塚から伊東市八幡野上道までの間の工事開始
    • 1957年(昭和32年)4月9日 - 伊東市八幡野二つ塚から伊東市八幡野上道までの間の工事終了
    • 1962年(昭和37年)8月29日 - 有料道路東伊豆道路の一部となる
    • 1972年(昭和47年)4月1日 - 無料開放(wikipediaより情報画像抜粋)

    箱根峠

    箱根峠(はこねとうげ)は、神奈川県足柄下郡箱根町と静岡県田方郡函南町の境に位置する峠。箱根山の外輪山を越え、標高は846m。箱根峠の山道が、東西交通の主要となってくるのは鎌倉時代以降である。道路の東海道である国道1号は箱根峠を経由する路線になっており、小田原から箱根峠までは箱根新道が建設されている。地形が急峻なため、鉄道路線は箱根峠を避けて建設され、まず御殿場経由(現在の御殿場線)、次いで熱海経由で東海道本線が開通、東海道新幹線も熱海経由となった。道路交通においても、東名高速道路は御殿場を経由し、東名高速に並行する国道246号も4車線化が進み、大型車両は殆どがこれらのルートを利用していることから、近年は箱根峠の主要交通路としての重要性は薄らいでいる。唱歌『箱根八里』では「箱根の山は天下の険 函谷関も物ならず」と詠われた。冬季は路面凍結に注意を要する。

    交通

    峠付近では、様々な道路が交差している。

    • 国道1号:箱根峠の標識が設置されている。なお、国道1号の最高地点はここから約6.5km東京寄りの芦之湯温泉付近にある(標高874m)。
      • 箱根新道:峠付近に箱根峠ICがある。
    • 静岡県道20号熱海箱根峠線
    • 芦ノ湖スカイライン
    • 公共交通機関では、東海バスオレンジシャトルの元箱根港-三島駅線、伊豆箱根バス(元箱根(土曜休日は関所跡)→湯河原駅)が通り、峠付近に「箱根峠」停留所がある(伊豆箱根バスは片方向のみ経由)。(wikipediaより情報画像抜粋)

    箱根裏街道

    国道138号(こくどう138ごう)は、山梨県富士吉田市から静岡県御殿場市を経由して神奈川県小田原市に至る一般国道である。

    路線データ

    一般国道の路線を指定する政令に基づく起終点および経過地は次のとおり。

    • 起点:富士吉田市(上宿交差点=国道137号・国道300号・国道413号起点、国道139号交点)
    • 終点:小田原市(小田原市民会館前交差点=国道1号上・国道255号終点)
    • 重要な経過地:山梨県南都留郡山中湖村、御殿場市、神奈川県足柄下郡箱根町
    • 総延長 : 73.3 km(神奈川県 17.2 km、山梨県 28.1 km、静岡県 28.0 km)
    • 重用延長 : 7.2 km(神奈川県 7.2 km、山梨県 - km、静岡県 - km)
    • 未供用延長 : なし
    • 実延長 : 66.1 km(神奈川県 9.9 km、山梨県 28.1 km、静岡県 28.0 km)
      • 現道 : 66.1 km(神奈川県 9.9 km、山梨県 28.1 km、静岡県 28.0 km)
      • 旧道 : なし
      • 新道 : なし
    • 指定区間[3]
      • 富士吉田市上吉田七丁目669番1 - 御殿場市東山字石橋285番3(起点 - 石橋交差点)
      • 神奈川県足柄下郡箱根町湯本字三枚橋923番1 - 小田原市本町一丁目115番4(箱根新道交点 - 終点)(wikipediaより情報画像抜粋)

    ●青崩峠

    青崩峠(あおくずれとうげ)は静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家と長野県飯田市南信濃八重河内の間にある標高1,082mの峠である。峠付近の地質構造は、中央構造線による破砕帯となっており、山腹に広がるむき出しになった青い岩盤から峠の名が付けられた。静岡県側・長野県側ともに、国道152号の端点から林道、遊歩道(かつての塩の道)を歩いて峠にたどり着くことができる。武田信玄による1572年の徳川領侵攻において、軍兵の一部が通過したことで知られている。国道152号の点線国道区間で未通区域となっている。1987年より三遠南信自動車道の一部としても位置づけられているが、地形の急峻さと地盤が脆弱なために道路(青崩峠道路)建設では後述の計画変更・事業の遅れが発生し、2017年版までのツーリングマップルでは「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退」と評されていた。当初計画では青崩峠の迂回のために兵越峠直下を通過するルートが選択され、草木トンネルが建設されたが、兵越峠の地盤も脆弱なことが判明し、地盤のやや硬い青崩峠西側を通るルート(青崩トンネル)に変更された経緯がある。大型以外の車両は草木トンネルを通って隣接する兵越林道を使用することにより迂回が可能。なおツーリングマップルの記述は、青崩峠道路の再着工に伴って2018年版より「トンネル工事が再開」に変更された。2013年から、青崩峠を越えるための道路が、青崩峠直下よりも西寄りにトンネルを通す形で事業化され、工事が進められている。まず長野側・静岡側の双方より、本坑に先立つトンネル調査抗の切削が開始され、長野側では2018年に切削が完了した。静岡側は2019年3月に完了予定だったが、2019年5月現在でも開通しておらず、その時期も未定となっている。トンネル調査抗は、本坑工事で発生した土砂の運搬通路として利用され、また本坑の開通後は非常用通路として利用される。2019年3月、青崩峠トンネル(仮称)本坑の着工式が開催された。青崩峠にトンネルが開通すれば、南信濃 - 水窪間のアクセスが現状の30分から約6分へと短縮する。 (wikipediaより情報画像抜粋)