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20180617から走破した

これから走破済み、走破予定の峠道一覧です。

Part1とPart2とpart3,Part4に分けて掲載しています。

群馬県、千葉県、茨城県、埼玉県、栃木県、東京都、はPart1に記載しています。

山梨県、長野県、愛知県は峠道ドライブ一覧Part2に記載しています。

神奈川県、静岡県はPart3に掲載しています。整理致しました。

Part4は福島県、新潟県、石川県、富山県、岐阜県、三重県、滋賀県を掲載しています。

Part5は山形県,秋田県,岩手県掲載しています。(まだ未掲載)

Part6は宮城県,青森県,北海道掲載しています。(まだ未掲載)

情報はwikipediaより情報抜粋しています。一部感想を記載しています。


福島県

●湯ノ岳パノラマライン(福島県道371号湯の岳別所線)

福島県道371号湯の岳別所線(ふくしまけんどう371ごう ゆのだけべっしょせん)は、福島県いわき市にある一般県道である。かつての有料道路「常磐湯の岳パノラマライン」が無料開放された道路。500mの標高差を一気に駆け上がる路線で、頂上にはパラグライダーの離陸場があり、眺望に優れる。

  • 起点 : いわき市内郷高野町字川平
  • 終点 : いわき市常磐藤原町字班堂(至近に路線名称になっている常磐藤原町字別所との境界がある)
  • 総延長 : 9.377km 実延長:総延長に同じ
  • 路線認定年月日:1974年3月12日
  • 全線対向2車線で、一部の区間を除いて追い越しが可能である。傾斜区間は冬季すべり止め対策用に、すべり止め用砂が道路わきのボックスに設置されている。湯ノ岳中腹の道路わきに、いわき市勿来〜小名浜港方面が眼下に見渡せる駐車場と展望台のスペースがある。(wikipediaより情報抜粋)

御斎所峠

御斎所峠(福島県道14号いわき石川線)(ふくしまけんどう14ごう いわきいしかわせん)は、福島県いわき市から石川郡石川町に至る県道(主要地方道)である。福島県道11号白河石川線とともに別名「御斎所街道」(白河市 - いわき市湯本)と称される、古くからの街道である。

常磐自動車道いわき湯本ICから県道20号にかけて片側2車線のバイパスもある。国道49号いわき三和トンネルが開通するまでは、国道をISO規格背高コンテナ車が通行することが厳しかったため、小名浜港から東北自動車道など、中通りへのコンテナ輸送にこの路線が利用されていた。

  • 起点:いわき市常磐湯本町台の山(福島県道20号交点)
  • 終点:石川郡石川町長久保(国道118号交点)
  • 総延長: 53.605 km
  • 重用延長:4.788 km
  • 実延長:48.817 km(wikipediaより情報抜粋)

●塩屋埼灯台 海岸ロード

塩屋埼灯台(しおやさきとうだい)は、福島県いわき市平薄磯に建つ大型灯台。

立地と、白亜の美しい外観から「日本の灯台50選」にも選ばれ、地元では「豊間の灯台」とも呼ばれている。周辺は、磐城海岸県立自然公園に指定され、太平洋に臨んで、北に薄磯海岸、南に豊間海岸と海水浴の適地に恵まれ、マリンスポーツファンにも人気がある。

  • 一帯は潮の流れが激しく暗礁も多い、海上交通の難所として古くから知られていた。このため江戸時代から狼煙台がつくられた。
  • 1899年(明治32年)12月15日:煉瓦石造で建てられ、初点灯[1]した。
  • 1926年(大正15年)8月15日:霧信号所(モーターサイレン)設置。
  • 1932年(昭和7年)11月1日:無線方位信号所(中波)設置。
  • 1938年(昭和13年)11月5日:福島県沖地震のため破損。
  • 1940年(昭和15年)3月30日:鉄筋コンクリート造に改築。
  • 1945年(昭和20年):太平洋戦争末期に度々米軍の標的となり、飛行機や潜水艦からの攻撃を受けて破壊され、灯台としての機能を喪失。灯台職員も殉職した。
  • 1950年(昭和25年)4月7日:戦災復旧工事によってレンズや灯器を修復。
  • 1957年(昭和32年):映画「喜びも悲しみも幾歳月」(松竹映画作品、木下惠介監督)が公開され、主題歌共々日本国内で全国的ヒット。灯台職員とその家族が日本全国の辺地の灯台勤務で積み重ねる、長い人生の哀歓を描いた映画作品である。本作は当時の塩屋埼灯台長夫人・田中きよの手記「海を守る夫とともに20年」(雑誌「婦人倶楽部」寄稿、1956年8月号に掲載)から原案を得た内容で、映画には塩屋埼灯台もロケーションで登場した。
  • 1977年(昭和52年)3月29日:霧信号所モーターサイレンからダイヤフラムホーンへ変更。
  • 1992年(平成4年)10月31日:無線方位信号所(中波)廃止。
  • 1993年(平成5年)2月:無人化。
  • 2011年(平成23年)3月11日:東北地方太平洋沖地震により消灯(3月26日発表 航行警報 11-0915 [リンク切れ] )。
  • 2011年11月30日:約9ヶ月ぶりに再点灯。
  • 一般公開(有料200円、小学生以下無料)されている参観灯台で、階段で上まで登ることができ、灯台資料展示室も見学できる。公開時間は、8:30 - 16:00(入館は30分前まで)。年中無休(但し荒天時は休み)。50台(大型10台)が停められる無料駐車場あり。

    2011年3月11日に発生した東日本大震災の被害の影響により、復旧工事のため一時参観中止となっていた。2014年2月22日再開。

    記念碑

    • 灯台の近くには、美空ひばりの『みだれ髪』を歌う歌碑と遺影碑が建ち、その 200 m ほど北には、永遠のひばり像も建立。
    • 『喜びも悲しみも幾歳月』(映画・木下惠介監督 1957年松竹作品)の記念碑。
    • 所在地 いわき市平薄磯宿崎33
      交通アクセス 車:常磐自動車いわき中央I.Cから約25キロ、車で約40分
      鉄道:JR常磐線いわき駅下車江名経由小名浜行きバス、灯台入口下車、徒歩15分
      駐車場 有り:50台(大型可10台)
      お問合せ先 塩屋埼灯台橙光会
      TEL : 0246-39-3924
      ホームページ https://www.kankou-iwaki.or.jp/
      案内 トイレ /有り
      灯台参観時間 /8:30〜15:30
      灯台参観料金 /中学生以上 200円/小学生以下 無料
      休館日/強風・悪天候時
    • (wikipediaより情報抜粋)

●長沢峠 次回走破予定峠道

長沢峠(ながさわとうげ)は、福島県いわき市にある峠。付近を国道49号が経由している。 福島県いわき市と新潟県新潟市を結ぶ国道49号が経由している。ただし、国道指定後の改修時に経路の変更などを含めた改良が行われており、旧道が存在している。現在の国道が経由している峠は、新長沢峠とも呼ばれる。現在の国道49号が経由する峠のピークには、標高(575メートル)とともに峠であることを示す標識が立つ。また、国道49号と同じように郡山市といわき市などを連絡する、磐越自動車道や磐越東線は当峠を経由していない。

(wikipediaより情報抜粋)


新潟県

●弥彦山スカイライン 

弥彦山(やひこやま)は、新潟県の西蒲原郡弥彦村と長岡市との境界にある標高634mの山である。

  • 弥彦山スカイラインにて、実写版頭文字Dの撮影がされた。
  • 標高634mは東京スカイツリーと同じ高さであり、現地案内板や弥彦観光協会のサイトでは大々的にPRしている。
  • かつて山系の東側は低湿地であり、慢性的な水害に悩まされたことから、山系を横断する大規模なトンネル放水路(樋曽山放水路、新樋曽山放水路、新々樋曽山放水路、矢川放水路、国頭放水路)が多数設置されている。
  • 弥彦山頂上駐車場と弥彦山ロープウェイ山頂駅のりばの間にはクライミングカーと呼ばれる斜行エレベーターが運行されている。
  • 弥彦山頂上駐車場には「パノラマタワー」と呼ばれる展望塔があり、ここから越後平野や佐渡ヶ島などを360度見渡すことができる。この塔は新潟市にある「レインボータワー」と同じ形状をしている。なお、新潟市のレインボータワーは既に廃業しているが、こちらのパノラマタワーは現在も営業している。(wikipediaより情報抜粋)

越後七浦シーサイドライン(日本海夕日ライン) 

国道402号(こくどう402ごう)は、新潟県柏崎市から同県新潟市中央区に至る一般国道である。柏崎市から新潟市間には、長岡市・三条市などを経由する国道8号、出雲崎町・燕市などを経由する国道116号があるが、この402号は日本海に沿ったルート。都市間輸送の役割が濃い前者2路線に比べ、観光路線の色合いが濃い。海沿いの風光明媚なエリアを走行することから、新潟県内の国道8号・113号・345号・7号などと合わせて「日本海夕日ライン」という愛称も付与されている。

このうち長岡市寺泊野積から新潟市西蒲区角田浜の13.9 kmの区間には、越後七浦シーサイドライン(えちごななうらシーサイドライン)という愛称がある。海岸沿いの断崖を抜ける難所の区間で、1971年(昭和46年)12月に着工、1974年(昭和49年)6月に南側の野積(当時寺泊町)から西蒲区間瀬(当時岩室村)間が開通、翌1975年(昭和50年)7月に北側の間瀬〜角田浜(当時巻町)間が開通し、全通した。当初は有料道路として供用され、新潟県企業局が管理していたが、1990年(平成2年)7月に無料化、国道に編入された。シーサイドラインは前述した日本海夕日ラインの観光の基幹となっており、弥彦山・角田山の西麓を日本海に沿って走行する区間となっている。日本海の荒波に打ち砕かれて形成された奇岩、怪石が沿線随所に点在し、特に「弁天岩」「立岩」は全国でも稀少例の露出枕状溶岩として天然記念物に指定されている。

このシーサイドラインのうち、間瀬から同区五ケ浜にかけての区間は一旦海岸部を離れて丘陵部に入り、急勾配と急カーブ、さらに2本のトンネル(角海トンネル、五ケ浜トンネル)で海岸部を大きく迂回している。この迂回区間の海岸部にはかつて角海浜の集落があったが、1969年(昭和44年)に東北電力が巻原子力発電所の建設計画を発表したことから、シーサイドラインの経路もこの計画に沿って角海浜を避け、山側を迂回することになった。角海浜は原発建設に伴って1974年(昭和49年)までに住民が全て転居し廃村。東北電力は1982年(昭和57年)、国に原子炉設置許可の申請を提出したが、1996年(平成8年)に反原発派の町長主導による住民投票をきっかけに建設中止となっている(詳細は角海浜、巻原発の各項目を参照)。なお五ケ浜トンネル北側で接続する国道460号の五福トンネル(巻南バイパス)も、元々は巻原発の建設に合わせて整備されたバイパス道路である。

新潟市西区北部を経由する同区五十嵐二ノ町(往来橋東詰)から中央区文京町にかけての旧道区間は「産業道路」という通称で呼ばれている。これはかつて同区間が帝国石油の天然ガス井やパイプラインの開発に使われていたことに由来しており、現在も同市西区青山には帝石傘下の帝石パイプラインが事業所を置いている。また県・新潟市は西区内の海岸沿いを経由する「新潟海岸バイパス」(西区五十嵐三ノ町 - 同区有明町間、延長9.0 km)の整備事業に着手し、1984年(昭和49年)に着工した。2000年代半ばまでに東側の坂井輪地区内の区間の大部分が開通し、その後残っていた五十嵐三ノ町から五十嵐二ノ町に至る2.5 kmの区間では新川河口部に架かる新橋梁「内野新川大橋」などの建設が進められ、2010年(平成22年)11月27日15時に全線が開通した。これにより旧道区間の産業道路や新潟県道2号新潟寺泊線、新潟市道曽和インター信濃町線(西大通り)など他の幹線道路で慢性的に発生している朝夕の混雑緩和が期待されている。なお新潟海岸バイパスの全通により、2011年(平成23年)4月2日から有明町以東を含む海岸バイパスの全線が当国道に、旧道の産業道路が市道と県道にそれぞれ指定変更された。(wikipediaより情報抜粋)

親不知子不知 

親不知(おやしらず)は、新潟県糸魚川市の西端に位置する崖が連なった地帯である。正式には親不知・子不知(おやしらず・こしらず)といい、日本海の海岸の断崖絶壁に沿って狭い砂浜があるだけで、古くから交通の難所として知られる。飛騨山脈(北アルプス)の日本海側の端に当たる。親不知駅がある歌(うた)の集落を中心に、西の市振(いちぶり)地区までが親不知、東の勝山(かつやま)地区までが子不知(こしらず)とよばれており、併せて親不知子不知ともよばれる。市振から勝山までは約15キロメートル程の距離である。日本海に面する断崖は、飛騨山脈の北端が日本海によって侵食されたために生まれたもので、崖の高さは300〜400メートルほどある。

かつて、越後国と越中国の間を往来する旅人は、この断崖の下にある海岸線に沿って進まねばならず、古くから北陸道(越路)最大の難所として知られてきた。波間を見計らって狭い砂浜を駆け抜け、大波が来ると洞窟などに逃げ込んだが、途中で波に飲まれる者も少なくなかったといわれる。

地形的に軍事的な要衝にもなっていた。承久3年(1221年)の承久の乱では、朝廷側が親不知西側の市振で防衛線を展開。越後側から進軍してきた北条朝時を迎え撃ったが、1日のうちに撃破されている。

江戸時代、参勤交代制度が始まると加賀藩主が親不知を往来した。参勤交代時には、富山県側の新川郡から400-500人の波除人夫が集められ、人垣により波濤を防いで通行した。

明治時代の1883年(明治16年)になって初めて、断崖を削って北陸街道(現:国道8号にあたる)がつくられ、その後1912年(明治45年/大正元年)に北陸本線(現:えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)が開通している。この2路線はいずれも防災対策からのちにルート変更が行われており、この区間には放棄された旧線・旧道が散見される。

1971年(昭和46年)、国道8号天嶮トンネル東口付近から栂海新道(登山道)が開通。標高ゼロメートルから北アルプスの縦走に挑める登山道の玄関口となった。

1988年(昭和63年)7月20日には北陸自動車道が開通した。北陸自動車道は用地の問題から親不知IC付近を海上高架橋により通過しており、難所におけるルート選定の苦労を偲ぶことができる。またその一方で、道路から断崖絶壁と砂浜、岩礁、洞窟が織りなす海岸美を堪能することもでき、景勝地となっている。

なお、2015年(平成27年)に開通した北陸新幹線はこの区間の山側を青海トンネル・新親不知トンネルをはじめとするトンネルで通過している。(wikipediaより情報抜粋)


石川県

千里浜なぎさドライブウエイ 

千里浜なぎさドライブウェイ(ちりはまなぎさドライブウェイ)は、石川県羽咋郡宝達志水町今浜から同県羽咋市千里浜町に至る砂浜の延長約8キロメートル (km) の観光道路であり、千里浜と今浜の一部と出浜の各海水浴場も兼ねている。

日本で唯一、一般の自動車やバスでも海岸線の砂浜の波打ち際を走ることができる道路である。このような道路は世界的にも珍しく、アメリカのデイトナビーチ、ニュージーランドのワイタレレビーチを含めて3か所だけと言われている。なお、ニュージーランドの90マイルビーチ(Ninety Mile Beach)やベイリースビーチ(Baylys Beach)も自動車やオートバイ、観光バスでの走行が可能である。のと里山海道の千里浜インターチェンジ (IC) と今浜ICとの間に8 kmにわたってある千里浜海岸の砂浜の道路である。千里浜は一般の自動車や大型バスでも砂浜の波打ち際を走ることができるように整備されていて、悪天候ではない限りは年中走行可能であるが、安全確保のためにレジャーシーズンとなる夏季の1か月間は公道として車線を区分けするロープが張られ、その脇に速度制限と駐車禁止の道路標識を設置している。

一般の自動車やバイクをはじめ、観光バスなどの大型車が走行できる理由は、この海岸の砂粒が特別きめ細かく締まっていて、海水を吸って舗装道路のように固くなるため、普通の砂浜のように沈まないからである。ただし、波打ち際や、路肩に相当する道路の端部などは砂が締まっておらず、まれにスタックしてしまうことがあるので、できるだけ車のわだちに沿って走るのが安全である。2輪での走行も可能ではあるが、車重量が200キログラム (kg) 以上の場合は特に駐車時に注意が必要である。駐車を予定している場合は車重に関係無くスタンドの下に敷く板切れの準備が必須と考えた方が良い。

砂浜が締まっている理由は、千里浜より約40 km南西に位置する手取川、千里浜周辺の大海川や宝達川が運搬した土砂が沿岸流(対馬海流)や北西の季節風によって運ばれ、なおかつ羽咋市の北にある滝崎が土砂をUターンさせ千里浜に堆積させたためである。

道路の管理は、石川県中能登土木総合事務所と羽咋土木総合事務所の所管に属し、天候が悪く海がしけたり強風時は閉鎖されることがある。(wikipediaより情報抜粋)

千里浜なぎさドライブウェイ
区間距離:約8㎞ 
通行料金:なし
冬季閉鎖:なし
通行情報について
問:羽昨市観光課 
TEL:0767-22-1118
https://www.city.hakui.lg.jp/

また夜に往きます。行くなら夜がおすすめ!!こういう景色が見れます。

のと里山海道 

のと里山海道(のとさとやまかいどう)は、石川県金沢市から同県鳳珠郡穴水町へ至る自動車専用道路である。石川県道60号金沢田鶴浜線、国道470号、石川県道1号七尾輪島線のそれぞれ一部から構成されている。かつては石川県道路公社管理の一般有料道路であった。無料化にあたって公募して決定された愛称は、ふるさと紀行「のと里山海道」(ふるさときこう「のとさとやまかいどう」)で、案内標識の表示はのと里山海道(英: Noto Satoyama Kaido)が使用される。高速道路ナンバリング(高速道路等路線番号)では千鳥台出入口から徳田大津ジャンクション (JCT) 間に「E86」、能越自動車道との重複区間である徳田大津JCTから穴水インターチェンジ (IC) 間に「E41」がそれぞれ割り振られている。のと里山海道は、全区間を石川県が管理する主要地方道で、県庁所在地の金沢市と能登半島とを結ぶ大動脈となっている。千鳥台出入口 - 徳田大津IC、及び、粟崎IC - 大根布JCTは石川県道60号金沢田鶴浜線、徳田大津IC - 穴水IC(能越自動車道穴水道路開通以前は此木IC)は石川県道1号七尾輪島線である。このうち、金沢田鶴浜線の区間は金沢能登連絡道路の一部として地域高規格道路に指定されている。また、七尾輪島線の区間は能越自動車道(国道470号)の一部にもなっているが、両区間とも県道番号を標す青色の六角形型の県道番号標識(分類番号・118の2-A)や逆三角形型の国道番号標識(分類番号・118-A)は設置されていない。

1987年(昭和62年)8月10日の道の日に、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された、「日本の道100選」の一つに選定されている。(wikipediaより情報抜粋)

梨ノ木峠

梨ノ木峠 (石川県) - 石川県羽咋郡宝達志水町にある峠。石川県道75号押水福岡線が通る。

通行はしましたが肝心の峠の写真がありません。


富山県

能登立山シーサイドライン 

国道160号(こくどう160ごう)は、石川県七尾市から富山県高岡市に至る一般国道である。多くの区間で富山湾沿岸を通っており、湾を挟んで立山が見えることから能登立山シーサイドラインの愛称が付されている。。

  • 起点 :石川県 七尾市(川原町交差点=国道159号・国道249号起点)
  • 終点 :富山県 高岡市(四屋IC=国道8号交点)(wikipediaより情報抜粋)

●細尾峠 (現在通行止めの為次回走破予定)

石川県金沢市と、富山県南砺市を結ぶ国道304号線の終点近くに、1984年の五箇山トンネル開通によって旧道化した峠道である。(wikipediaより情報抜粋)

●温見峠 次回走破予定

温見峠(ぬくみとうげ)は、福井県大野市と岐阜県本巣市根尾の境にある峠。国道157号(国道418号と重複)が通る。最高地点の標高は約1,020m。九頭竜川の支流温見川と揖斐川の支流根尾西谷川との分水嶺である。能郷白山の鞍部にあり、峠の名前は旧西谷村にあった集落の名前に由来する。現在も大野市温見として名前は残るも廃村となっている。岐阜県側の根尾村大河原(現在は本巣市根尾大河原)は冬期無人集落となっている。1974年に開通した車道は翌年に国道157号になったが、当地が豪雪地帯(平年で積雪2m)であるために、例年12月初旬から、大野市中島から本巣市根尾能郷までの間は除雪が行われずに通行止になる。雪が収まる3月下旬頃から除雪が集中的に行われ、5月ごろに通行止が解除される。通行可能な期間でも、落石の恐れがあり、ガードレールなしの狭路が続き洗い越しもあるため、通行の際は注意が必要である。なお、大野市から岐阜市へ抜ける通年通行可能な経路は、国道158号で福井市に出て国道8号を南下し更に米原市で国道21号を東へ通るもの、国道158号(油坂峠道路経由)で郡上市に出て国道156号を南下するものなどがある。トンネルで抜本的な道路改良をする案も出ているが、同じ県境を越える国道417号冠山峠道路のように事業化はされていない。峠から能郷白山の山頂へ登山道が延びている。 (wikipediaより情報抜粋)

●五箇山

日本の秘境100選にも選ばれている近くには相倉合掌集落がある。

五箇山(ごかやま)は、富山県の南西端にある南砺市の旧平村、旧上平村、旧利賀村を合わせた地域を指す。 名前の由来は赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷の5つの谷からなるので「五箇谷間」となり、これが転じて「五箇山」の地名となった。この名称が、文献に出てくるのは約500年前、本願寺住職第9世光兼実如上人の文書が最初である。これ以前には、荘園時代に坂本保、坂南保、坂上保、坂下保、坂北保の5つの領に区別し「五箇荘」とも呼んだ。この五箇と呼ばれる地名は全国に約120ヶ所程度あると言われ、中国の故事より「五を一括り」を由縁とするらしい。日本で「五穀豊穣」や「五人組」「伍長」との語句などである。平家の落人伝説が「五箇」が多いとの所以は、「五箇」が山間地に多いことや落人が山間に逃げることから源平合戦の近隣の地域に伝説が多い。歴史は平家の落人が住み着いたと伝えられている。1183年、富山県と石川県の県境にある倶利伽羅峠で、木曾義仲(源義仲)と平維盛(平清盛の孫)が戦った(倶利伽羅峠の戦い)。この時、義仲は火牛の戦法で平家に大勝した。その残党が五箇山へ落人として逃げ隠れたとされる。物的証拠はないが、一部の五箇山の民家の家紋として残っているとされている。また、南北朝内乱期に、吉野朝遺臣によって地域文化が形成されたとも伝えられており、『五箇山誌』(1958年)には「五箇山の文化は吉野朝武士の入籠によって開拓され、五箇山の有史は吉野朝からである。養蚕・和紙製紙は吉野朝遺臣によって始められ、五箇山へ仏教が入って来たのは後醍醐天皇第八皇子、天台座主宗良親王によってである。」という説もある。白山信仰による天台宗系密教の地域であったが、1471年(文明3年)浄土真宗本願寺八世蓮如が現在の福井県吉崎に下向し、北陸一帯が一向宗の勢力となりこの地域も浄土真宗に改宗したようである。北陸一帯の地名には「経塚」なる地名が残っているが、この地域にも天台宗系のお経を埋めた地を、こう呼んでいる。江戸時代、1690年からは加賀藩の正式な流刑地となった。流刑場所は、庄川右岸の8カ所で、軽犯罪者は平小屋と呼ばれる建物に収容され拘束の程度は緩かったが、重犯罪者は御縮小屋と呼ばれる小屋に監禁され自由を奪われていた。御縮小屋の一部は昭和年間まで残されていたが1963年の38豪雪の際に倒壊。1965年に復元されたものが富山県の有形民俗文化財に指定され、流刑小屋として地域の名所となっている[2]。加賀騒動の大槻伝蔵もこの地へ流された。流刑地である五箇山には当地を流れる庄川に橋を掛けることが許されず、住民はブドウのつるで作った大綱を張り、籠をそれに取り付けて「籠渡し」として行き来した(現在でも残っており、人の代わりに人形が川を越える)。気象条件が厳しい五箇山では、江戸時代、年貢を米で納めることができなかった。1780年頃の宮永正運著「越の下草」によれば「水田はもとよりなくして、穀類も稗、粟、大小豆に過ぎず・・・」とあり、稲作が絶望的であったことが伺える。住民は、商品作物などを井波町、城端町(現在の南砺市)の商人(判方)を介して換金し、年貢を納めていたが、多くの場合、判方から前借を行い次年度に返済するという自転車操業的な生計を余儀なくされた。借金が返せずに土地を手放す農家が出る一方で、判方の方も貸し倒れや廃業が相次ぐなど貸借双方で厳しい環境であった。大きな気象害の年には、数年間の間、判方への借金の延納や藩への借米でしのぐこともあったが、生活環境の改善や向上には結びつかず、1837年の天保の飢饉の際には住民の約4割が餓死している。「五箇山は民謡の宝庫」と言われ、発祥や伝播の経緯が定かでないものが数多く存在する。「お小夜節」は伝承ではお小夜(おさよ)という遊女と関係が深いという。加賀騒動の首謀者と遊女たちが輪島に流刑になったが、お小夜は輪島の出身だったため、意味がないということで、小原(上平)に流され、歌を教えたとされる。口頭で伝承され発展してきた文化遺産であり、麦屋踊は、国の助成の措置を講ずべき無形文化財に選定された経過にある。代表的な「こきりこ節」や「麦屋節」を含む多くの民謡は、1973年(昭和48年)11月5日に「五箇山の歌と踊」として、国の選択無形民俗文化財に選択されており、多くの五箇山民謡保存団体が存在し、唄い踊り続けることによって守られている。また、「五箇山の歌と踊」が国の選択無形民俗文化財に選択された際、保存会4団体(のちに小谷麦屋節保存会が1993年(平成5年)より参加、現在は5団体)で「越中五箇山民謡民舞保存団体連合会」が結成され、これらの保存会は小・中学校や高校で五箇山民謡を指導し、地元の富山県立南砺平高等学校の郷土芸能部が全国高等学校総合文化祭で優秀な成績をおさめるなど、大いに成果をあげている。

●こきりこ節

https://www.youtube.com/watch?v=3YZ2J6DU47U

●細尾峠 (現在通行止め)斜面崩落

石川県金沢市と、富山県南砺市を結ぶ国道304号線の終点近くに、1984年の五箇山トンネル開通によって旧道化した峠道があり、今でも通行可能です。距離は短かったですが途中通行止めでした。斜面崩落していました。白川郷に行く際に立ち寄りました。動画は収録していないため画像もなし。今度次回リベンジできるかわかりませんが、一応リベンジ致します。時期未定
 

●飛越峡合掌ライン 走破済み 動画未収録

東海と北陸を結ぶ幹線道路。富山県と岐阜県の県境を流れる庄川に沿って道路が通り、蛇行する川をショートカットするように、短い区間で7つもの橋を渡る。楮橋を除く六橋は、橋を渡るたびに富山県と岐阜県を行ったり来たり。カーナビから何度も県をまたぐアナウンスが流れるのは、この峠道ならでは。(86societyより情報抜粋)岐阜県岐阜市~富山県高岡市を結ぶ国道156号線何処迄が飛越峡合掌ラインなのかわかりませんが通行してきました。五箇山を通行する際に通りました。飛騨峡合掌ラインは、岐阜県大野郡白川村・御母衣ダムから富山県砺波市庄川町・小牧ダムに至る、国道156号線の通称である。


岐阜県

白川郷 峠道ではなく観光地です。

白川郷(しらかわごう)は、岐阜県内の庄川流域の呼称である。

大野郡白川村と高山市荘川町(旧荘川村)および高山市清見町(旧清見村)の一部に相当し、白川村を「下白川郷」、他を「上白川郷」と呼ぶ。今日では白川村のみを指すことが多い。白川郷の荻町地区は合掌造りの集落で知られる。独特の景観をなす集落が評価され、1976年重要伝統的建造物群保存地区として選定、1995年には五箇山(相倉地区、菅沼地区)と共に白川郷・五箇山の合掌造り集落として、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。白川郷の萩町地区は、今も実生活の場として使われているところに価値があり、それが他地域の合掌民家集落と違うところである。「世界遺産白川郷合掌造り保存財団」などがその保存にあたっている。毎年1月と2月頃の週末には夜間ライトアップが行われる。尚、2019年からライトアップ見学は完全予約制となった。

  • 合掌造り民家園 - 野外博物館。県の重要文化財が9棟ある。
  • 和田家住宅 - 国の重要文化財
  • 明善寺 - 庫裏と鐘楼門は県の重要文化財となっている。
    • 明善寺郷土館
  • 長瀬家住宅
  • 神田家住宅
  • 焔仁美術館
  • じ・ば工房
  • どぶろく祭りの館(wikipediaより情報抜粋) 

●白山白川郷ホワイトロード

白山白川郷ホワイトロード(はくさんしらかわごうホワイトロード)は、石川県白山市尾添と岐阜県大野郡白川村鳩谷を結ぶ、延長33.3キロメートルの有料道路である。旧名称は白山スーパー林道(はくさんスーパーりんどう)で、2015年4月1日に新たな愛称として名称が変更された。2015年4月1日より愛称を「白山白川郷ホワイトロード」に変更した。正式には白山林道(はくさんりんどう)と呼ばれる。森林開発公団(当時)が特定森林地域開発林道事業により開設したスーパー林道の1つである。国道360号の不通区間を結ぶ形となっており、石川・岐阜県境唯一の車道である。また、石川県内では県(石川県農林業公社)が管理する唯一の有料道路でもある。三方岩トンネルの岐阜県側の駐車場から三方岩岳への登山道が整備されている。旧愛称は「白山スーパー林道」であったが、「林道」が砂利道や運転が難しいことを連想させるとして、両県が新愛称を公募し、全国から集まった2183件の中から選ばれた。(wikipediaより情報抜粋)白川郷ICから近いです。

伊吹山ドライブウェイ 次回動画収録予定下見ドライブ  走破済み

伊吹山ドライブウェイ(いぶきやまドライブウェイ)は、岐阜県不破郡関ケ原町から滋賀県米原市大久保(伊吹山頂)に至る全長17キロメートル (km) の一般自動車道事業による有料道路である。1965年(昭和40年)7月に全線開業し、現在に至っている。西に琵琶湖、東に関ヶ原を見下ろす滋賀県下最高峰の日本百名山の一つである伊吹山(標高1377 m)の9合目までを登る観光有料道路。名神高速道路の関ヶ原ICから国道365号を長浜方面に向かって約3 kmのところ(伊吹山口交差点)に入り口がある。ここから伊吹山9合目付近にあるスカイテラス駐車場(標高1260 m)まで駆け上がる。全長は約17 kmで、通り抜けはできない。最終地点の約600台の駐車場には2013年(平成25年)4月にリニューアルオープンしたレストハウスの「スカイテラス伊吹山」や恋慕観音像、トイレ(協力金制、トイレットペーパー販売制。車椅子用あり)がある伊吹山ドライブウェイでは、開業以来、高山植物や紅葉等の四季折々の草花を鑑賞するほか、滋賀県・岐阜県を一望に見下ろす大パノラマを見るために、大勢の利用者が訪れ、2005年度は約8万4000台の車両、約30万人に達している。2006年(平成18年)3月28日からは、オーストラリアの投資銀行・マッコーリー銀行が設立した日本自動車道株式会社が、近畿日本鉄道株式会社及び名阪近鉄バス株式会社より資産・営業譲渡を受け、本ドライブウェイの運営を行っている。 (wikipediaより情報抜粋)

天生峠 (現在通行止めの為次回走破予定)白川郷から 途中まで行きましたが引き返しました。

天生峠(あもうとうげ)は、岐阜県飛騨市と大野郡白川村の境界上に位置する標高1,289mの峠。 神通川流域の飛騨市から庄川流域の白川村へ抜ける国道360号にあり、白川郷からの標高差は約800mにもなる。峠に至る道は狭く、急坂・急カーブが連続する山岳路である。大型車(長さ8m以上)は通行不可である。普通車についても、積雪期である冬期は通行止めになるほか、元々地盤が弱いため無雪期も度々崖崩れによって通行止になる事が多い。閉鎖期間は例年11月半ば~5月末である。峠一帯にブナをはじめとする落葉広葉樹の原生林が広がり、紅葉の名所として知られる。また、峠の周辺には岐阜県の天然記念物に指定されている天生湿原などの高層湿原が点在している。峠周辺の天生湿原を含む籾糠山など山域は、岐阜県の天生県立自然公園に指定されている。泉鏡花の作品である『高野聖』において、語り部である僧侶がかつて旅をした地として、天生峠が登場する。(wikipediaより情報抜粋)

期間 8:00 - 16:00 16:00 - 翌日8:00
4月27日~5月10日 有料通行 通行禁止
5月11日~10月19日 有料通行 無料通行
10月20日~11月4日 有料通行 通行禁止
11月5日~翌年GW前 通行禁止

なるほどね、通行止めの意味が分かりました。ここを通行して白川郷に来ようと当初は計画してましたが、計画しなくてよかったです。白川郷から途中まで行きましたが引き返しました。

●見坂峠

岐阜県道80号美濃川辺線 (ぎふけんどう80ごう みのかわべせん)は、岐阜県美濃市から同県加茂郡川辺町に至る主要地方道である。 岐阜県道81号美濃洞戸線とともに全線に渡り、未整備な区間が多いため、洞戸川辺間主要地方道改良整備促進期成同盟会が結成され、早期の整備を求める立看板が各所に立てられている。美濃市泉町の国道156号交点が起点。起点付近は美濃市の市街地を通る。この付近は「うだつの町並み通り」として有名である。美濃市の広岡町交差点で左に折れ、長良川鉄道美濃市駅の方向へ向かう。旧名鉄美濃駅前をまた左折し、長良川鉄道と東海北陸自動車道をくぐる。見坂峠を越え、関市(旧武儀郡武儀町)に入る。関市下之保の殿村交差点で岐阜県道58号関金山線に接続、数百メートル重複する。岐阜県道58号関金山線から左方向にそれ、轡野の集落の手前で細道に右折する。すれ違いできない細道の峠を越えると美濃加茂市に入る。三和町廿屋からは道幅がやや広がり、廿屋川沿いに進み、川浦川との合流点付近で岐阜県道97号富加七宗線と一時重複する。再び峠道となり、鯉下峠を越えると、加茂郡川辺町に入る。JR高山本線の踏切を越えた川辺町中川辺の岐阜県道371号美濃加茂川辺線交点が終点。通称、美濃川辺どんぐり街道ともいうらしい。道の駅平成に行く途中に通行した。(wikipediaより情報抜粋)

●さくら道にある 荘川桜 (さくら道)wikipediaに飛びます

荘川桜(しょうかわざくら)は、岐阜県高山市荘川町(旧荘川村)中野の国道156号沿い、御母衣ダム湖岸に移植された樹齢450年と推定される2本のエドヒガンの古木。ごく淡いピンク色の花弁とごつごつした幹が特徴。樹高約20m、幹囲目通り約6m。岐阜県指定天然記念物。 御母衣ダム建設によってダム湖底に沈む運命にあった桜を1960年12月、ダムを建設した電源開発株式会社(Jパワー)の初代総裁高碕達之助の発案で、同社により移植され、保守されている。 移植後、桜のあった旧荘川村に因んで「荘川桜」と名づけられた。

大移植工事

1960年、御母衣ダム建設により水没する予定地を視察中、光輪寺の庭にあった巨桜を見たダム建設事業主である電源開発株式会社(Jパワー)の初代総裁高碕達之助は「なんとかこの桜を救えないものか」と、市井の桜研究家で「桜男」とも称された当時の桜研究の権威笹部新太郎に移植を依頼した。当初笹部はその困難さから、これを固辞したものの、高碕の熱意に絆され、結局は引き受けることとなった。その後、桜移植の事前調査にあたるため同地を訪れた笹部は、同様の桜の巨樹が照蓮寺にもあることを知り、この桜も移植することを提案し、2本同時に移植することとなった。笹部指導の下行われた移植工事は、当時東海地方で随一の移植技術を持つと謳われた造園業・庭正造園の植木職人・丹羽政光らによって当時常識とされていた手法を覆すような新手法をいくつも取り入れて行われたが、世界的にも例がないといわれるほど大がかりなものであったうえ、樹齢400年以上という老齢とその巨体、更に「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われるほど外傷に脆弱な桜を移植することもあり、困難を極めた。可能な限り枝や根を落とした桜をダム水面上となる丘まで運搬し、移植したが、無骨な幹だけの姿は無残な姿にも見えたため、当時、笹部や高崎には水没地住民や世間から「むごい仕打ち」「いずれ水没するのに追い討ちをしなくても」などと非難が集中した。しかし笹部・丹羽の目算通り、その翌1961年春、桜の活着が確認。1962年6月に行われた水没記念碑除幕式で当時の藤井崇治電源開発総裁により「荘川桜」と命名された。移植以来、同社の継続した保守管理もあり以降も年々枝葉を伸ばし続け、現在はかつてのように美しい花を咲かせている。荘川桜の活着当時、桜にすがりついて泣いた元住民もいたといわれる。平成10年頃までは水没地の元住民の集まりである「ふるさと友の会」が春先に荘川桜の元に集うなど、元住民にとっては現在でもかつてのふるさとの象徴的存在となっている。移植から現在まで、電源開発が荘川桜の保守管理を行っている。手入れは移植に携わった丹羽政光の会社が電源開発より移植以来委託され続けており、2016年現在では孫である丹羽英之氏が担当している。荘川桜と同じ場所には、荘川桜の種から若山芳枝(元ダム建設反対運動「死守会」書記長、のち「ふるさと友の会」会長)が育てた苗を1984年に移植した二世桜も植えられており、いずれも咲くのは4月下旬から5月中旬頃で、開花中はライトアップされている。年間の観光客数は約5万人。荘川桜の歴史については、御母衣ダムの正面にある「みぼろダムサイドパーク」において、移植工事の映像を含むドキュメンタリービデオ「桜守の詩」等の展示を見ることができる。

  • 2002年6月11日にはNHKの「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」において『桜ロード 巨木輸送作戦』のタイトルで電源開発を中心に特集放送が行われた。
  • 2009年3月17日に日本テレビ系列で、荘川桜を題材とした実話、読売テレビ開局50年記念ドラマ・ダイワハウススペシャル 『さくら道』が放送された。
  • 2016年4月3日、テレビ朝日系列の「トリハダ(秘)スクープ映像100科ジテン」の4時間スペシャル放送回において、再現と当時の記録映像を交えた移植の状況を伝える特集が組まれた。
  • 出自は不明だが「御母衣湖で自殺した女性の霊が出る」という、地元では有名な噂がある。

(wikipediaより情報抜粋)

飛越峡合掌ラインを走行しながら来ました。肝心の動画は無しとほほ

●大野峠(無反峠)

岐阜県加茂郡東白川村五加にある峠道である。今回は初めて走破する峠で偶然と通った峠道である。大野峠と記されているが地図で見ると無反峠という名前らしい。しらなかった。。。

●林道恵通線

岐阜県美濃市にある林道である。始めて走行するのでよくわからないが、とにかく普通の林道でした。すれ違いはギリといったところかな?林道好きだなwロードバイクで行くのも面白いかもしれない。昭和63年に開通した林道である。昭和を感じましたw

●美女峠 走破時期未定

岐阜県高山市江名子町と久々野町大西の間にある峠。今回は走破していない次回走破予定

今度また富山往くのでその時に走破致します。


三重県 

●伊勢志摩スカイライン 次回動画収録予定(下見ドライブ) 走破済み

伊勢と鳥羽を結ぶ、全長16.3kmの"天空のドライブウェイ"。山頂展望台では、伊勢志摩や伊勢湾の大パロラマが展開し、天候に恵まれれば富士山まで眺望できます。さらに眺望と四季の花木で彩られた「さんぽ道」や、ゆったりした気分で眺望が楽しめる「展望足湯」、恋人の聖地(サテライト)に選定された「天空のポスト」などがあります。
また、山頂付近には、伊勢神宮の鬼門を守る名刹「金剛證寺(こんごうしょうじ)」もあります。(伊勢志摩観光ナビ様HPより抜粋)


滋賀県 

●比叡山ドライブウエイ 次回動画収録予定(下見ドライブ)  走破済み

比叡山ドライブウェイ(ひえいざんドライブウェイ)は、滋賀県大津市の比叡山にある一般自動車道事業による有料道路である。京阪ホールディングス(京阪)の子会社である比叡山自動車道株式会社が運営している。本項では、当道と接続している奥比叡ドライブウェイ(おくひえいドライブウェイ)に関しても取り上げる。

滋賀県と京都府に跨がる比叡山の山腹を南側から上り、大津市の田ノ谷峠から延暦寺東塔(根本中堂)・比叡山頂までを結ぶ約8.1キロメートル (km) の私道の有料道路である[1][2][3][4]。途中の「夢見が丘」で大津市街を始めとする琵琶湖の南湖周辺が一望できる。また、沿線には同じ京阪グループのホテル「ロテル・ド・比叡」がある。

奥比叡ドライブウェイは、比叡山ドライブウェイの終点である根本中堂から、延暦寺西塔(釈迦堂)や横川中堂を経由して大津市仰木までを結ぶ約11.8 kmの有料道路である[1]。途中に「比叡山峰道レストラン」がある。

なお、大津市・京都市方面からは京阪バス・京都バスが路線バス「比叡山ドライブバス・比叡山内シャトルバス」を運行しているほか、両ドライブウェイ内のシャトルバスが運行されており、「比叡山内1日フリー乗車券」も発売されている。

路線データ

比叡山ドライブウェイ

  • 区間
    • 田の谷峠料金所 - (夢見が丘) - (ロテル・ド・比叡) - ホテル前検札所 - (比叡山頂への交叉点) - 延暦寺東塔
    • (比叡山頂への交叉点) - 比叡山頂
  • 距離 - 約8.1 km
  • 開業年月日 - 1958年(昭和33年)4月18日
  • 運営者 - 比叡山自動車道株式会社

●奥比叡ドライブウェイ

  • 区間
    • 延暦寺東塔 - (延暦寺西塔) - 西谷検札所 - (延暦寺西塔) - (比叡山峰道レストラン) - (延暦寺横川中堂) - 仰木料金所
  • 距離 - 11.82 km
  • 制限速度 - 40 km/h
  • 開業年月日 - 1966年(昭和41年)5月1日
  • 運営者 - 奥比叡参詣自動車道株式会社(wikipediaより情報抜粋)

●田の谷峠

田の谷峠は比叡山ドライブウエイ田の谷峠料金所付近の峠である。住所は滋賀県大津市山上町

田の谷峠バス停がある。田の谷峠料金所がある。以下が通行料金です。最新情報は公式サイトを参照のこと。

営業時間

下記は、2015年8月現在の公式サイト情報による。営業時間の最新情報は公式サイトを参照のこと。

  • 比叡山ドライブウェイ
    • 冬(12月〜1月12日):9時から20時まで ※12月31日のみ終夜営業
    • 新春(1月13日〜2月):9時から20時まで
    • 春(3月1日〜20日):8時から20時まで
    • 春(3月21日〜6月):7時から23時まで
    • 夏(7月〜8月):7時から24時まで
    • 秋(9月〜11月):7時から23時まで
  • 奥比叡ドライブウェイ
    • 春〜秋(3月〜11月):7時から23時まで
    • 冬(12月〜2月):9時から19時まで

今回は密かにストレス解消のドライブを自宅から(休憩入れて)下道で行きました。遠い遠い、静岡、浜松,愛知,名古屋,岐阜県,滋賀県,京都府,三重県経由で行きました。超ロングドライブ 少しは気分も晴れました。3か所行きました。イライラするとどこへでも行きたくなる病気wストレス発散するつもりが帰り道の混雑でストレス溜まる。動画収録機材をもっていかなかったため動画収録できず。次回収録しに行きます。